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あれから
アルトサックスを奏でる男性、宇梶 颯斗さんとは土曜日の夕方に遭遇する。
昔、知紗と出会った頃は高校三年生で、卒部するまでは吹奏楽部に所属していたそうだ。
部活動をしなくなってからも、気晴らしにサックスを奏でる。
そして就職して三年。
知紗と宇梶さんは、殆ど進展もないまま、出会って八年目を迎えた。
宇梶さんと話したキッカケは、リンちゃんを散歩に連れてこなくなった事だった。
「こんにちは。今日はワンちゃん連れて来てないんですね?」
通りすがりに、宇梶さんは声を掛けてきた。
「あ、こんにちは…おじいちゃんになっちゃって、ちょっと距離のあるお散歩は辛いみたいなので。」
そう言うと、宇梶さんは納得いったような表情を見せた。
「なるほど、確かに最近はちょっと歩くの、ポテポテ歩いてましたね」
“ポテポテ歩く“という表現が、成人した男性の口から聞くと、何だか可愛く聞こえるなと、知紗は小さく笑う。
「えぇ。でも私自身、散歩の習慣が身についちゃって…。なので、寂しく一人でお散歩です。」
そう言うと、宇梶さんは笑った。
その日はそう会話をして別れた。
でもその日をきっかけに、河川敷で会うと少しずつ会話をする様になった。
◇◇◇◇◇
「知紗さんと会うの、3週間ぶりかな?…随分会ってない気がする。」
久々に遭遇した知紗に、颯斗はそう言った。
「本当。中々会わないなぁって思ってました」
つられて、知紗も颯斗にそう言う。
すると颯斗はニヤリと笑った。
「ん?どうかしました?」
不思議に思った知紗は、颯斗に問う。
「…いや、中々会わないって…、思ってくれたんだ…と思って…」
ニコニコしながら、颯斗は言う。
その言葉に、知紗は顔が紅潮するのが分かった。
颯斗とは、徐々に会話をする時間が長くなっていった。
挨拶をするだけだった二人は、一言、二言と、徐々にお互いの事を話すようになる。
そして今は、会えば立ち止まり、5分か10分か、世間話や身の回りの話を交わすようになった。
「…今度さ…、知り合いの店で…サックス吹くんだ。良かったら来ない?」
少し照れたように、颯斗は言う。
別に発表会でもなく、友達と久しぶりに会うついでに、互いに楽器を持ち寄ってセッションしようかという話になったとの事だ。
「え?…でも、友達と久しぶりに会うのに、私が行っても大丈夫なんですか?」
突然の話で、知紗は戸惑いを見せる。
「向こうも女性連れで来るみたいで…。初対面の人とって苦手な方?」
「それは全然大丈夫です。…じゃあ、ご一緒したいです。…セッションって…、何か…カッコイイ…。見てみたいです。」
知紗の返事に、颯斗は小さく笑った。
「良かった。普段着で良いからね?楽しみだ。」
颯斗の好意的な発言に、知紗は紅潮する事が止めれなかった。
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