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「私はカストラートだ」 このままでは事態は好転しない。危険の結末も予想できない。見えないから闇は怖いのだ。そして隠すほど好奇を煽るのだ。 ならばこちらから晒してしまえばいい。 「カストラート?」 オペラとは縁がない者達だ。だが歌は言葉を越えて届く。全てを変えられずとも、揺さぶるくらいならできる。 息を大きく吸うと、彼の最大の武器を開放した。 男達は強風におののいた。 だが実際は凪いでいた。それは神の目覚めを促すほどの天使の歌声(ボーイソプラノ)が起こす嵐だった。 瞠目し口をだらしなく開き、圧倒的声量に気圧される。 「聞いたことあるぞ。お前は去勢歌手(ムジコ)だろう」 魔法が解けたか。一人が叫ぶ。マテオの息が乱れる。 凶暴な光が男達の目に再び灯る。腕を掴まれ必死に抵抗する。 つい歌い過ぎてしまった。隙があるときに逃げ出していれば良かったのに。風向きは変わってしまった。 「こっちよ! お巡りさん(ポリツィア)」 諦めかけたところで女の声が叫んだ。 男達が慌てて逃げ出す。 マテオは支えを失い転倒して肘を打った。 「痛っ──う」 痛みを堪え、手さぐりで立ち上がろうとする。 「大丈夫?」 女が近づいてきた。相手の居場所を耳で探す。 「あなた、目が……」 傷む手が温かな感触で包まれた。 それは柔く小さな女の手だったが、貴婦人達とは異なり、皮膚厚く弾む脈動が伝わってきた。 「血が出てる。手当てをしないと」 「大したことない。歩けるよ」 肩を貸そうとするのを断り足を踏み出すが、御者を失ってはニ歩目が続かない。 「警察は?」 「あれは、嘘よ」
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