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「今日も帰るの? 噂では可愛い恋人が出来たとか?」
羽扇で口元を隠し、モデナ公爵夫人が睨む。
マテオは、公爵夫人や他の貴婦人達のベッドの誘いを断るのに苦心していた。
夫人が苛々と扇を振ると香水が強く匂う。
マテオは眉をしかめた。
悪いことをしているわけではない。ムジコだからと妻帯を禁じられてはいない。
「ええ、彼女を愛しています。だから傷つけたくないのです」
「真面目過ぎるわ。貴族にとって真面目こそ悪徳よ」
「それなら悪でも構わない」
「マテオ……」
「失礼します……」
夫人の縋る指を振り切り馬車に乗り込む。
「ふう。早く出してくれ」
カルロの代わりの御者、ドメニコを急かす。
「少しお待ちを」
「ん? お前は誰だ? ドメニコはどうした」
鼓動が早まる。御者席にいるのはドメニコではなかった。
「事情があって代わったんですよ」
危険を察知したときには遅かった。とっさに扉を開いたため地面に転がってしまう。覆いかぶさる敵に必死に抵抗するが脇腹に鋭い痛みを覚えた。
女の悲鳴が聞こえた。途端に身体が軽くなり、マテオの意識が混濁していく。
「マリア……」
血塗れの手を虚空に伸ばした。
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