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声を掛けられ、悲鳴を上げそうになった。
小さな庭の向こう、道路に顔を向けると……向かいの家の中年女性が闇の中に立っているのが見えた。ピンクのパジャマ姿が浮かび上がっている。
千里は口から飛び出しそうな心臓を必死で抑えながら、
「……あ、あの……何か、音が……して……」
「音? 何の? ――うちにはなんにも聞こえなかったっけ」
どんな表情なのか、暗くてよくわからない。
満面の笑顔に見えるが、それはそれで……不自然に思えた。
「もう遅いから。家から出れば駄目よ。入りなさい」
言葉は優しいが、千里の拒否は受け付けない口調だった。
千里は視線を彷徨わせ、玄関に戻ると引き戸を閉めた。――鍵を掛けたが、心臓の音はおさまらない。
ふらふらと居間に戻り、震える手で受話器を手に取る。
「――もしもし……」
「あ、どうだった? 何の音かわかった?」
「……監視、されてるかも……」
「――え?」
ごくりと唾を飲み、千里は受話器を耳にしたまま壁に体を押し当てた。この電話線だけが、千里を救う蜘蛛の糸に思えた。
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