とてもやさしい村

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 吹き抜ける風が清々しい。  千里(ちさと)は体の中の淀んだものを洗い流すかのように、澄んだ空気を目一杯吸い込んだ。  目の前には遮るものはなく、突き抜けるような青さの空がそのまま視界を占める。  ――ほんの一か月前まで、千里の目に映るのは薄汚れたビルの壁だった。  ブラック企業で散々搾取され、自分の中には淀みばかりが蓄積していた。  そんなときに駅で目にしたのが「田舎で心と体を癒しませんか!?」と書かれたチラシだった。操られるように手に取ったそのチラシには、 『住まいには空き家を提供!(光熱費のみ負担)』 『村のイベントや清掃活動への参加をお願いします!(寸志あり)』 『あなたの若い力が村を輝かせます!』  ……要は、若者がいない村に格安で住み、村の催しに参加して盛り上げることで幾ばくかのお礼も貰えるということだった。「地域おこし協力隊」の簡易版のような。  これだ、と思った。チラシが光り輝いて見えた。  千里はまだ27歳。すぐに再就職する前に、半年くらい田舎で暮らしてみるのも悪くないと思えた。  そうと決めたら、あとはとんとん拍子に物事が進んだ。
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