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上司の理不尽な恫喝をひたすらやり過ごして退職し、中古の軽自動車を買い、都会のアパートを引き払うと村へと引っ越してきた。
村の名前は志津快村と言った。
引っ越しの日は軽自動車に載せられるだけの荷物を載せ、スマートフォンの地図とにらめっこで向かった。
村の入り口は車がぎりぎり1台通れるかどうかの狭いトンネルが長々と続き、それを抜けると頼りない高さの欄干しかない橋で川を渡り……ちょっとした冒険のようだった。
都会を朝に出て、到着したのは昼過ぎだった。
それでも、解放感のある村の景色と、村人の大歓迎を受けて、決断してよかったと思えた。
ただ一つ、不便に感じるのは、スマートフォンが使えないことだった。
山と山の間にある村だから、電波が届かないのだと村長に申し訳なさそうに謝られた。
その代わり、千里が借りた中古住宅には固定電話がひかれていた。
通話料も村の負担ということで、千里は遠慮なく、妹の美里と電話をしていた。
食べ物はおすそ分けと称して、かわるがわる村の人が持ってきてくれるから、持て余すほどだった。
この村で暮らしてまだ3日だが、千里はチラシの誘い文句通り、心と体が癒されてきているのを感じていた。
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