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「熊でも出るんじゃないの? 山なんでしょ?」
電話の向こうで、妹の美里が言う。千里はずしりとする受話器を耳に当て、
「熊って、夜行性だっけ……? ――あぁ、やっぱりスマホがないとこういう時不便」
「ちょっと待って。調べてあげる――あ。どっちかというと朝夕だって」
「じゃあ熊じゃないじゃない……」
「あ! わかった! ――若い男に気をつけろって意味じゃない?」
千里は思わず笑ってしまった。
「この村に若い男なんかいないよ。一番若くて……40代かな」
「そっかぁ……ま、門限みたいなもんなんじゃない? お姉ちゃん、ブラック企業で徹夜ばっかりしてたんだから、言うこときいて早寝したらいいよ」
からりとした美里の言葉を聞いていると、気が楽になってくる。
夕方のおばあさんの剣幕に感じた違和感も、薄れて行った。
その数日後、村内の清掃活動の手伝いを頼まれた。
とはいえ、ゴミをポイ捨てするような部外者が村に入り込むことはまずないから、拾うのは湿った枯葉や、風で飛ばされた農作業のビニール紐ばかりだった。
「千里ちゃん、大丈夫か? 疲れてないけ?」
一緒に当番になったおじいさんが足を止めて千里を振り返った。
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