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「訊けばよかったじゃーん。何の建物なんですかー? って」
美里がなんでもないように言う。カチカチという音が絶え間なく聞こえて来るから、ゲームか何かしながら通話しているらしい。
千里は受話器から電話機に繋がる、らせん状のコードをいじりながら、
「なんか……怖くて……。直前までにこにこしてたおじいさんが、急に怒鳴るし……」
「そこで熊でも飼ってるんじゃない?」
「また熊?」
「別にお姉ちゃんを怒ったわけじゃないから、気にしない気にしない」
「うん……まあね……」
確かに、ブラック企業の弊害で、他人の大声には過敏になってしまった自覚があるにはある。
とはいえ今日は、美里とのおしゃべりでも違和感の払拭はできなさそうだった。
次の日の夜、歯を磨きながら千里は鏡の向こうの自分の冴えない顔を見ていた。
昼間、思い切って向かいに住む中年女性に社のことを尋ねてみた。
が、返って来たのは濁した言葉と、「近づいてはいけない」「夜出歩くな」という忠告だけだった。
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