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急募!歌のおねーさん!
その日、スタッフは困り果てていた。
子供向け教育番組“かぞくでいっしょ!”に出演し、子供達に楽しい歌を届けてくれる“歌のおねーさん”が、急遽やめることになってしまったためだ。
この番組は、彼女は子供達と一緒にいろいろな童謡を歌って踊ったり、お絵かきをするコーナーが一番の人気だった。
とにかく、素敵な声と高い歌唱力で童謡を歌ってくれる“歌のおねーさん”を一刻も早く見つけなければいけない。
彼女がいなければ、番組の存続も危ういのだ。
ということで急遽、新しい歌のおねーさんを見つけるべく、オーディションを行うことになった。簡単な自己紹介の後、童謡を一つ歌って貰うことになったのだが。
「一番!鈴木亜矢子、二十歳!アルプス一万尺歌いまあす!」
元気いっぱい、現役女子大生の彼女は歌い始めた。有名なアメリカ民謡を。
「“アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを 踊りましょ~ らーんららんら、らんらんらんら、らーんららんら、らんらんらー。らーんららんら、らんらんらんらん、らんらんらんらんらー”」
「ふんふん」
「“昨日見た夢 ぶっといでっかい夢だよ オスがメスしょって 富士登山~ らーんららんら、らんらんらんら、らーんららんら、らんらんらー。らーんららんら、らんらんらんらん、らんらんらんらんらー”」
「ん、んんん?」
「“ラブホに行く子に ナンパをすーれば ベッドの上から 竿ぶっさし~ らーんららんら、らんらんらんら、らーんららんら、らんらんらー。らーんららんら、らんらんらんらん、らんらんらんらんらー”」
「まてまてまてまて!」
何故だ。何故歌えば歌うほどどんどん下ネタの方にいくのだ。替え歌にしても酷いではないか。
しかも、アルプス一万尺は歌詞が二十九番まであるのである。最終的にどんな悲惨なことになったかはお察しである。
「二番、町田月菜、二十五歳!あんたがたどこさ、歌います」
大人しそうな大和撫子風の女性。いかにも清楚な雰囲気の彼女は歌い始める。
「“あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場山 には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいと隠せ~。”うふふふふふふた、たぬき、たぬきなべ、おいしそう……やわらかくて、小さくて……」
「だめだめだめだめええええ!」
さきの女性よりちゃんと歌ってくれるな、と思ったのが間違いだった。
彼女の表情は段々緩み、お腹を鳴らし始めたのである。
スタッフは思った。全員このままじゃ食われる!と。当然、彼女を採用しようものなら出演した子供が毎回一人二人消えていそうである。
「三番、佐藤澄江、四十二歳。大きな古時計を歌わせていただきます」
歌のお姉さんの年齢は特に制限していない。ニ十歳以上なら多少年齢が高くても構わない、という募集になっていた。三番目の彼女は年相応に落ち着きがあり、とても良い声をしている。期待が持てたのだが。
「“おおきな のっぽの ふるどけい おじいさんの とけい ひゃくねん いつも うごいていた ごじまんの とけいさ おじいさんの うまれた あさに かってきた とけいさ~。いまはもう うごかない そのとーけーいー”」
「う、ううう……」
おかしい。
何故、歌えば歌うほど涙が出てくるのか。空気が重たくなっていくのか。聞きなれた童謡のはずなのに、ものすごく悲劇的な歌のように聞こえてくる。なんなら、歌っている彼女も泣いている。
おじいさんが、時計に踏みつぶされて亡くなる姿が見えてくるような、なんとも鬱々とした悲劇的ムード。
――あ、あかん、これはあかん!
その後も何人もオーディションを行ったが、なかなか良い人が決まらない。
ああどうしよう、と思っていた矢先。最後、二十三人目の女性、三十七歳の畑百合奈が歌い始めた。
「“やねより たかい こいのぼり おおきい まごいは おとうさん ちいさい ひごいは こどもたち おもしろそうに およいでる”~」
「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
普通だった。それはもう、良い意味で普通。可愛らしく上手で、ちゃんとダンスもできている。
スタッフは手を叩いて彼女に告げた。
「おめでとう!あなたにぜひ、新しい歌のおねーさんを任せたい!」
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