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第一章:むやみに説明過多な異世界について
代替郷。
こちらの世界よりも明確に優良な世界。
条件はいくらもあるが、そこに移り住む事は不可能ではない。
しかしながら代替郷は、存在すら世間一般に出回ることのない真実として秘匿されている。
隠す理由などないだろうと、そう思う者もあるだろう。もし移り住むことが可能であるならば、みんなしてそこに行けばよいと。
残念ながらそう巧くはいかない。
この世界における汎ゆる資源、それは魂も含めて絶対量が定められており、使用の可否に関わりなく循環し保たれている。
つまりただ一方的に送られるのではない。
代替郷と交換するのである。
全てが代替郷に移ったらどうなるか。
こちらが代替郷になるだけだ。
故に秘匿されている。その存在を知る人々は、己がのみ向かえば良いと固く口を閉ざす。まれに都市伝説のひとつとしてネット掲示板などで語られたりもするが、そこに代替郷という言葉は用いられず、また誰も相手にしない。なにより、いくばくでも情報を得た者は決して供有しない。
そもそも代替郷に住まう人々は、こちらよりも少こしだけマシ、というだけなのだ。
つまるところ我々の問題なのである。我々が全員『せぇの』で真摯に生きればこちらの世界も代替郷と同じくらい穏やかになる。ここが代替郷にならないことが、我々がいかに不真面目で利己的な人間かという証左となろう。
さて、私である。
私は代替郷について深く理解していて、自らの現況も把握し、しかしその上で、明確な意思を以てこちらの世界を選んだ人間。
ここにいたい人間。
いっしょにいよう。
すべてが輝いていた、あの美しき日々の言葉。
しかし異世界へと移り住んだ妻を、追わない事こそ幸福と選んだのは、私である。
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