第一章:むやみに説明過多な異世界について

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 代替郷へと移った際、人は先ず強烈な違和感に襲われるそうだ。  今までの世界ととてもよく似た、しかしだからこそ異なる世界。その差異はよく観察するまでもなく、いくらでも見付かる。  おそらく代替郷の存在について知る者は、脳を直接撫でられるようなその感覚に対して『ああコレか』と気が付くのだろう。なれば喜ぶ者もあるかも知れない。してやったと、えずく喉の奥からくぐもった笑い声を漏らし、震える指でこちらの世界との相違点を挙げ連ねる。  目眩を覚えるほどの違和感。二つの世界の違いはとてもささいだが、とにかく数が多い。  以下にいくらか例をあげる。 ・そもそも『郷』という文字に『世界』を指す意味はない。 ・隣に眠る妻をみて「こんな顔をしていたか?」と、暫くぶりにまじまじと見つめたりする。 ・アルバムを捲り「この時コイツ居たっけ?」と人数を数えてしまう。 ・過去に起きた、友人との思い出を否定されてしまう。 ・『人差し指』の『差』という字に違和感を覚えるが、他に適当な『さす』が見当たらない。 ・オーストラリアはこんなに大陸寄りだったか。 ・確かに『太田区』だったはず。 ・『博』の右上に点を付けてしまって百点を逃した記憶がある。  その他、数多の違いが齎す猛烈な違和感に虐まれながら、しかしそれらは看破した途端に慣れていってしまうそうだ。  腕組みして唸るような時間はそれほど長くなく、やがてそれが普通だったと思うようになる。時折ウェブ検索などしてみると、案の定それらしき言葉がみつかったりもするが、読み進めるとどうにもいがかわしい。周囲の人間に訴えても、変に思われるのは己であるため尚更である。繰り返しになるが代替郷に住まう人々はこちらの世界よりも少こしばかり優しくて聡い。どうも間違っているのは己であると、強いて馴染むように努める。  違和感に対して寛容になると移住は完了。全ては当たり前となる。  物の考え方が僅かに異なる自分に対して、理解するよう努めてくれて、また容易く肯定してくれる。そんな賢く健やかな代替郷の人々に囲まれ、穏やかな生活がはじまる。
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