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10.日白く、月は無く
目を覚ますと、男の後頭部が眼前にあった。目の前それに誰かの姿をみて混乱し、すぐに違うとわれにかえり、ゆっくり息を吐き、日捺子は体を起こした。
隣で眠っているのは、虎汰だ。
その明るく染められた髪を指先で梳くと、むずがる赤子のように虎汰は首をゆるく揺らした。
長い夢を見ていたような気がする。
まだ、夢のなかにいるみたいに世界が遠い。
夢のなかにも男がいた。その男の背中は、虎汰よりもっとひろくて、そしてかなしげだった。
日捺子は寝返りをうつ虎汰を起こさないように、ベッドからひっそりと降り、おおきく伸びをする。
寒い。
そこでなにも着ていないことに気付き、足元にあった寝間着の上を羽織った。冷たい人工風にぶるりと体が震える。
エアコンつよすぎ。
リモコンで弱にして、温度を28度まで上げる。
それから、くしゃりと、ひとつになって床に落ちている下着とズボンを持って、しのびあしで寝室を出て、自室で着替えを取り、バスルームに行った。
脱衣所でおおきくい息をはき、それから、吸う。すると、ゆっくりとではあるけれど現実と体のチューニングが合ってくる。全裸になると、生ぬるい空気が肌全体に触れた。ランドリーボックスに下着を入れ、その上に寝間着を置く。何年一緒に住んでも下着を他人に見られるのは良い気がしない。気にしすぎだとしても、私はそれを変えられない。
他人は、他人。
暮らしをともにしていたとしても、隠すべき部分はあるべきだ。
そう、日捺子は思っている。
親しき中にも礼儀あり、なんて、それは少しばかりよく言いすぎだけれど。
日捺子はバスルームの床に足を下ろした。からりと乾いたその上を歩き、シャワーの蛇口を上げる。ざっ、と、勢いよくお湯が出て、顔と髪が濡れていく。髪を洗う気はなかったのに。日捺子は、淡く嘆息し、髪をシャンプーしトリートメントまで終わらせた。それから、体を洗う。足の指の間まで丁寧に、念入りに、くまなく、少しのよごれも残さないように。儀式のようなそれは体を洗うときの日捺子の癖だった。
からだによごれがしみついてる。
そう思いはじめた当初は、擦りすぎて肌が真っ赤になっていた。
ひどいときは、肌に血がにじむこともあった。
母は、汚い肌はよくないわ、と半透明の軟膏を塗ってくれた。
ありがとう、と言いながら日捺子はそのぬめぬめとしたものが気持ち悪くてこっそりティッシュで拭っていた。
――わたしはきたない。
その呪いのようなくびきが外されたのがいつだったのかは覚えていないけれど、体を傷付けるほど強く肌を擦ることは自然となくなっていった。
でも“外された”なんてはことはなく、いまだにつかまっているのかもしれないとも、感じる。肌を傷つけることまではしないまでも、微に入り細に洗わなければ気がすまないのだから。
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