桜並木の下、キミに

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 桜の花が満開になってきたころ、昼飯の後にゆっくりしていると同級生の奏斗が家を訪ねてきた。 「はるちゃん、花見しようぜ」 「花見ィ⁇」  奏斗は俺が素っ頓狂な声を上げたことを気にも留めず、母さんに「おばさーん。はるちゃん借りてくねー」と言って、無理やり手を引いて外へと連れ出した。  荷物も持たず、桜の咲いた公園に向かって、奏斗と二人ならんで歩いていく。 「コハルビヨリだなー」 「お前ゼッテー意味わかってねぇだろ」 「うん」 「うんって……」  呆れてため息を吐くと、「幸せが逃げるぞー」なんて言いやがる。相変わらずのマイペースだ。 「そもそも、お前、花見なんて興味ねーだろ」 「そんなことないって」  奏斗がブンブンと首を振って否定する。  うそつけ。お前は根っからの花より団子タイプだろ。 「あ! 今、はるちゃん、うそつけって思っただろ!」 「ついでに、花より団子な野郎だ、とも思ったな」 「ひっど! まあ事実だけどさあ」  事実なんじゃねぇかよ。  ひどいと言いながらも、奏斗はニコニコとしていて、言葉とは裏腹にすごく楽しそうだ。  案外、こいつも花見が楽しみなのかもしれない。食い物はねぇけど。 「あ、はるちゃん! 公園、見えてきたよ!」  そうこうしていると、いつの間にやら目的地の公園が目の前にあった。  こいつと居ると、時間があっという間に感じる。奏斗がのんびりしてるからか? 「もー! はるちゃん! 置いてっちゃうよ~?」 「あ、おい!」  奏斗が先に公園へと走って入っていく。その背を追いかける以外の選択肢は、俺にはなかった。   * 「綺麗だねー」 「……そうだな」  公園の桜並木は、まるでその空間だけ別世界のような色だった。桜はの枝には零れてしまうのではないかと思うほど薄紅色の花が飾り付けられ、その花はすぐさま散っていそうな儚さを漂わせていた。しかし、青い空に浮かぶその花は、儚さとは違う、力強い美しさを感じさせる。そんな色だった。 「ね、そういえばさ、今日エイプリルフールなんだってー」 「へえ」  たしかに今日は四月一日、年に一度、嘘を吐いても許される日。  それにしても、あまりに急だ。急なのはいつものことだが。 「好きだよ」 「は?」  奏斗がこちらを向いて、ニコリと笑う。そして、目を閉じ、静かに笑って。 「ぼく、キミのこと、恋愛的な意味で好きだよ。……大好き。とっても」 「…………ああ、エイプリルフールの嘘か」  ようやく頭の中で合点がいった。なるほど、俺に嘘を吐いたのか。急に好きだとかぬかされて驚いたが、驚き損だな。まあ、こいつはよく俺に引っ付きまわってるから、今さら驚くことでもないような気もするが。 「えー? はるちゃん知らないのー? え~~? ふふふ」  すると、俺のつぶやきに奏斗は驚いた顔をして、そして抑えきれないという風に笑い始めた。  なんなんだ。人のこと笑いやがって。 「あのね? はるちゃん」  ざあっと風が強く吹き、桜の花びらを散らしていく。 「エイプリルフールは、嘘ついて良いの、午前中だけなんだよ」  ひらひら、ひらひらと、俺と奏斗の間に落ちて行く。 「好きだよ、大好き。大好きだよ、はるちゃん」  そうしてそのまま、時間が止まってしまったかのように、俺たちの周りは静かになった。  奏斗は、相も変わらずニコニコと楽しそうに……いや、嬉しそうに、笑っている。俺の、方を見て、嬉しそうに、いとしそうに…………  だんだん呼吸が速くなっていく。それに伴うように、心臓の鼓動も大きく、強くなっていく。  かおがあつい。のぼせてしまったのだろうか。こんな、そとで? 「はるちゃんは?」 「え?」  喉が微かに音を鳴らす。 「はるちゃんは、ぼくのこと、好き?」  嘘を吐いてもいいのは、午前中だけ。  俺は、俺はコイツに、何を言う?
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