カメの恩返し

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(海の環境音) 乙姫 決めた。わらわは、人間になる! カメ はぁ?いつもの思い付きでございますか、姫様。 乙姫 今回は本気じゃ。 カメ またそんなこと言って…    先月はタピオカミルクティーが飲みたいって駄々をこねて、    先週はマリトッツオが食べたい、でしたっけ?    当時人気のあった専門店は、    今じゃもう、とっとと廃業しちゃってるんですよ。    探すの、どれだけ大変だったか…。 乙姫 んんんー!だって仕方がないじゃろ。    地上の流行が、この海底の竜宮城に伝わってくるまでに、    タイムラグがあるんじゃから。 カメ そのたびに振り回されるのは、こっちなんですよ。 (回想) 乙姫 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃー!! (回想終わり) カメ 姫様は、いつもそうやって駄々をこねて… 乙姫 カメの分際で生意気な!    わらわを誰だと心得る?    この海を司る竜宮城の主、乙姫じゃ! カメ …うぐっ…失礼いたしました。 乙姫 わかればよいのじゃ。    …そんなことより、おまえは知っておるか?    人間の雄と雌が愛し合うとき、どんな行為をするのか。 カメ はい? 乙姫 なんと!アソコとアソコを擦り合わせて気持ちよくなるんじゃと! カメ はぁ?なんですか。アソコって。 乙姫 そ、それは…人間が持ってて、魚にはないものに決まっておろう。 カメ だから、それはなんですか?大きな声ではっきり仰ってください。    さぁ、どうせ誰も聞いてやしませんから、ほら! 乙姫 …あ…足じゃ…! カメ …足?(笑いを吹き出しながら) 乙姫 人間たちは、愛する者同士、互いの足を擦り合わせて、    愛を確かめ合うのだそうじゃ。    あぁ!わらわも人間になって、愛し合うてみたいものじゃ! カメ (笑いをこらえきれずに)    竜宮城の乙姫様ともあろうお方が…あぁ、嘆かわしい!    姫様の知性は、海の泡になって消えちゃったんですか? 乙姫 だって、わらわは人魚じゃろう。    繁殖するときは、卵ぶっかけじゃ。 カメ そこ、卵かけごはんみたいに言わない! 乙姫 で、海の魔女のところまで頼みに行ってきたんじゃ。 カメ えぇぇ! (回想:海の魔女の洞窟) 魔女 ほぅ、人魚の乙姫様が人間になりたいとな。 乙姫 そうじゃ。    わらわも人間みたいにアソコとアソコを擦り合わせてみたいのじゃ。    だから、そなたの力で、この尾びれをぱっかーんとしてくれんかのう。 魔女 人間の姿になるための薬は…へっへっへ…    渡してやっても良いが、お主の声と交換じゃ。 (回想終わり) カメ まさかその条件で契約を…? 乙姫 たわけ者!今もわらわは、こうして喋っておるじゃろうが! カメ はっ!左様でございますね!? 乙姫 それに、これはボイスドラマじゃぞ?    声を引き換えにして主役が黙ってしもうたら、    わらわの出番が無くなるではないか! カメ さ、左様でございますね…。 乙姫 だが、わらわの真剣さに心打たれた魔女は、    最後にはとうとう折れてな… (回想) 乙姫 嫌じゃ嫌じゃ!そんな条件飲めるわけが無かろう!    (洞窟内を暴れ回る) 魔女 …あぁ、もう、わかった。いいだろう。    ありのままのおまえを愛してくれる人間の男と、    ぶちゅうと一発、接吻ができたら、人間になる薬をやろう! 乙姫 本当か!(テーレッテレー♪) 魔女 だからもう、とっとと帰ってくれ! (回想終わり) カメ せせせ接吻!?人魚と人間が? 乙姫 そうじゃ。 カメ (咳払い)姫様、    それは「できるはずがない」とバカにされているんですよ。 乙姫 なんの!もうすでにターゲットに目星はつけてある。 カメ えっ。 乙姫 男の名前は「浦島太郎」。    先日、海で溺れて気絶してたところを、    わらわが見つけて、助けてやったのじゃ。 カメ 姫様に目を付けられるとは…なんと不憫な…。 乙姫 そ・れ・に!    服を着ていたから、よく見えなかったが、    たぶん結構いい感じのたくましいアレを持っていると確信したぞ。 カメ 足ですか。 乙姫 んもう、みなまで言わせるな!    さぁ、この男を竜宮城まで連れてくるのじゃ! カメ 姫様。人間を竜宮城に連れてこいだなんて、    タピオカミルクティーやマリトッツオを持ち帰るのとは、    わけが違いますよ!? 乙姫 あぁ。そうじゃのう。万が一、手ぶらで帰ってきたときには、    甲羅をひん剥いてやるからな。覚悟するがよい! カメ ひえぇぇぇ! (数日後の竜宮城) カメ …ただいま戻りました…。 乙姫 待ちわびたぞ!カメ!    さぁ、浦島太郎はどこじゃ?早く出せ!    今すぐわらわの魅力で、恋の罠に突き落としてやるわ! カメ …姫様。 乙姫 ん?まて。浦島太郎の姿が見えんぞ。    まさか手ぶらで、のこのこ帰ってきたのか? カメ …浦島太郎から、事の真相を聞きましたよ。    姫様は「海で溺れていたところを助けた」って仰ってましたけど、    話が全然違うじゃないですか。 乙姫 ななな…なんのことじゃ! カメ 「その日、海は穏やかで風一つ吹いていなかったにもかかわらず、    浦島太郎の船だけがひどく揺れて、海に投げ出されてしまった。    太郎が海に落ちたときに見たのは、    船体に掴みかかり、わざと大きく揺らしている、    魚の尾びれをもつ黒い影だった」    …これ、姫様のことですよね? 乙姫 うっ…だって、恋に落とすためには、    故意に出会いを演出しなきゃ、何も始まらないじゃろ! カメ これは殺人未遂ですよ。    さらに浦島太郎を捕まえて、竜宮城に拉致監禁しようだなんて…    乙姫様、お願いでございます!    これ以上罪を重ねるのは、どうかおやめください! 乙姫 えぇい、うるさい!カメの分際で生意気じゃ!    やっぱり甲羅をひん剥いてやる! カメ 姫様…!いたたたたた! 浦島 そこまでだ。話は全て聞かせてもらったぞ、乙姫! 乙姫 はっ!その声は…浦島太郎か!? 浦島 イカにもタコにも、私が浦島太郎だ。 カメ 浦島様!いけません、出てきては! 乙姫 なんと、物陰に隠れていたのか?    くくくっ…サプライズとは、心憎い演出だのう。    さぁ、今すぐ、そなたを歓迎する宴会を用意させよう。    この竜宮城で時間を忘れて、ゆっくり過ごすがよい。 浦島 いや、今すぐ帰らせてもらう。 乙姫 なに? 浦島 乙姫よ。おまえの自分勝手なふるまいは、度を越えている。    わざわざ竜宮城に来たのは、    ここに私を連れてくることができなければ、    カメが乙姫にいじめられると聞かされたからだ。 乙姫 ぐぬぬ。 浦島 さぁ、これでカメは約束を果たしただろう。    これ以上の悪さは、私が許さん。 カメ 浦島様…! 乙姫 (涙ぐみながら)    …わらわだって、こんな卑怯な手は使いとうなかった。 浦島 …乙姫。(同情して、気を許す) 乙姫 しかし、そなたとアソコとアソコを擦りつけ合うためには、    こうするしかなかったのじゃ…! 浦島 アソコとアソコ…? カメ はっ!浦島様、危ない!離れてください! 乙姫 ぶちゅうぅぅぅぅう!(力づくでキス) 浦島 …むぐぅ! カメ あぁ!姫様!いけません!    もう、言ってることもやってることも、    強制わいせつ罪、現行犯確定です! 乙姫 どうじゃ。浦島太郎。    ここまですれば、流石に愛が芽生えたであろう? 浦島 …おえぇぇぇぇ!生臭っ!    上半身は人間でも、体内は生魚じゃねぇか。げぇぇぇ。 カメ あー…こりゃ、愛が芽生えるのは無理そうですね。 乙姫 きぃぃぃぃぃい! (地上にて、浦島と、人間態となったカメ) 浦島 良かったのか?カメ。竜宮城には、もう戻らない、なんて。    あそこはおまえの故郷なのだろう? カメ はい。かまいません。    乙姫様の傍若無人なふるまいには、元々嫌気がさしてましたから。    それに… 浦島 それに? カメ 浦島様に助けて頂いた恩返しも、したかったのです。    だから海の魔女にお願いして「人間の姿になる薬」をもらい、    こうして浦島様のお世話をさせて頂けるようにしたんですよ。 浦島 私は人として、当たり前のことをしたまでだ。    けっしてお前に恩を売りたかったわけでは… カメ ふふ…カメは浦島様のそういうところが…好きなのです…。    (波の音にかき消される) 浦島 ん?何か言ったか、カメ。 カメ いえ…あ、ところで、竜宮城からは長旅でしたでしょう。    そろそろお腹は空いておりませんか?    カメは竜宮城を出るときに、お弁当を作って持ってまいりました。    よいしょ。 浦島 おぉ…これは立派な…まるで玉手箱のような弁当箱だな。 カメ どうぞお召し上がりくださいませ。 浦島 ん、ありがとう。(ふたを開ける)    …これは美味しそうな刺身だな。    さて(もぐもぐ)おぉ…身が締まってて絶妙な歯ごたえ!    噛むほどに旨味が口いっぱいに広がり…    それでいてくちどけは滑らか。    そしてどこかで嗅いだことのある懐かしい磯臭さ。    これはやめられない止まらない!    (もぐもぐ)…初めて食べる味なのだが、これは何の魚だ? カメ 人魚の刺身でございます。 浦島 んん? カメ ご存じありませんか?人魚の刺身。    食べると不老不死になれるんですって。 浦島 ごほっ…何の冗談だ…カメ! カメ カメは浦島様に助けて頂いた恩返しに、    末永くおそばでお仕えしたいのでございます。    「鶴は千年、亀は万年」と申しますでしょう?    不老不死の浦島様と、万年生きるカメの私。    お似合いだと思いませんか? 浦島 だが…これが人魚の刺身ということは…竜宮城にいた乙姫は…? カメ ふふふ。最期は声をあげることすらできず… 浦島 ぐぐっ… カメ いえ、そんな細かいことは、いいではありませんか。    私たちには、この先、たっぷりお話する時間がありますもの。 浦島 な…なにを…ひっ! カメ まずは、お互いの足を擦り合わせるところから始めましょう?    ねぇ。
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