他愛もない日常

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「この前さ、本郷さんが薦めてくれたアニメ、やっぱめっちゃ面白かったわ。分かってんなぁ、私のこと」 「いやぁ、井原ちゃんなら分かってくれると思ったよ。泣けたでしょ」 「泣いたねー、見事に号泣だったよ」  以前本郷さんは急にフラッと私の家にやってきて、ちょっとこれ見てみてよ、と15分ほどそのアニメを見せたかと思うと友人からの着信が入り、「今から心スポ行ってくるわー」と言って帰っていったことがあったのだった。 「ツボついてくるのが上手いんだよな、本郷さんって」 「井原ちゃん、絶対ハマると思ったんだよね」  私たちの話題はもっぱらアニメと映画になる。それか、カラオケに行って世代ソングやアニメソングをひたすら歌う。相手が知らない曲だろうと平気で歌える相手は得てして少ないものだと思う。本郷さんにはいつもお世話になりっぱなしだな、といつも思っていた。どこへ行くにも折半しようとするのだが高い確率で奢てくれてしまうのは女の特権と思っていいのだろうか。  私は常にお金がなかった。それは男に騙されてだったり、過食症に悩まされたり、鬱病を発症して仕事ができない時期があったりと理由は多岐にわたるのだが、本郷さんはどんな時でも気軽に何でもないように私を誘ってくれた。それが彼の一番有り難いところだったと思う。自由気ままな猫のように私を誘ってくれる彼。都合よく誘い、こちらも都合よく誘われていく。振り回されるのと違って、なんとも心地いいのだ。  そして数か月経った頃、今度はカラオケに行こうという話になった。そのときもやはり当日の夜に急遽電話があり、私の仕事の休みの日を把握している彼が連絡をしてきたのだった。 「井原ちゃん、病んでるー?」  あくまで軽く言うのが本郷スタイルだった。不定期に私は病む時期がやってくる。そのときも本当に病んでいた。本郷さんからの連絡でなければ無視していただろう。 「病んでるー」 「そっかー。カラオケ行かない?市原も一緒なんだけど」 「市原?前に何度か名前聞いたような…くらいだけど」 「そう、その市原!行くー?」 「いいよー」  そんな気軽な感じでその日は誘いに乗ることにしたのだった。病んでいる時こそ、外に出るに限るのだ、本当は。けれど、一人ではできない。だからこそ、本郷さんは必要なのだった。
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