他愛もない日常

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「これがあの井原ちゃん?」  市原さんは会った瞬間にそう言った。どういう情報が回っているのかは定かではないが、本郷さんや椎名の周りの人には”あの井原ちゃん”で通るほどに私は浸透しているのは前から知っていた。笑い話になるような話ばかりなのだろうとあまり突っ込んで聞いたこともないけれど、初めましての人があの井原ちゃんで通ることが不思議な感覚だった。 「だから、どんな噂になってんの?」  私が本郷さんに聞くと、 「そのまんまだよー」  というお決まりの言葉が返ってくるばかりだった。 「どうも、井原ですー。市原さんはもう飲んでるの?」  確か私の記憶上、市原さんは飲んでるのが面白い、飲ませておけばいい、といった情報しかなかった。 「いや、素面ですよ」  市原さんも少し緊張しているのか、そんな会話だった。 「あ、丁度いいじゃん。カラオケの隣にコンビニあるからそこで一杯飲んでから行こうか」  なんていう本郷さんの意見に完全に乗って、私も「お、いいねー」と言って向かったのだった。ちなみに生来下戸である本郷さんはドライバーでもあるのでもちろんお酒は飲まないのだが、私も飲む気はさらさらなかった。  雑にチューハイの缶を二本、三本とかごに入れる間、市原さんはなんの疑いもなくそれを見ていただけだったが、いざ外に出てみると、 「はい、じゃあまず一本目いってみようか」  と本郷さんに市原さんがチューハイを手渡される姿を見て私はゲラゲラ笑っていた。私も私で、相当悪魔だったことだろう。 「え、俺だけ?」 「大丈夫、私も飲む飲む」  市原さんが戸惑うので、私もアルコール度数3%というやさしいチューハイを手に取る。ちなみに市原さんの手元には9%のチューハイがあるのだけれど。 「はい、カンパーイ」  そう言って、コンビニの前で二人で缶を合わせる。私はゆっくり煙草をふかしながら飲んでいたが、本郷さんが「ほら、カラオケが待ってるから、市原さんどんどん飲んで」と促して、ペースをこちらが握っているのをまたお腹を抱えながら笑って見ていた。  私は知っていたのだ、本郷さんが、小瓶タイプのウイスキーもかごに入れていたことに。 「え、早くない?」 「だって、カラオケが待ってるんだよ?」  初対面の私がそう追い打ちをかけると市原さんも飲まずにはいられないだろう、と更に促した。本郷さんが小さい声で「井原ちゃん、ナイス」と言ったのが聞こえてまた噴き出す。 「そうかー、飲まなきゃだよね」  流されやすい性格なのだろう。市原さんは疑うことなく飲み始めた。いや、自分のポジションをもう分っていて飲んだのかもしれないが。  そうして、ものの30分で9%の500ml缶と小瓶タイプのウイスキーを飲まされた市原さんは完全に出来上がった状態でカラオケに行ったのだった。
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