他愛もない日常

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 それはもう本当に楽しいカラオケとなった。 「今日エイプリルフールでさ、俺みんなに騙されたんだよー。井原ちゃんはそんなことしないし、本郷さんもしないし、みんな天使!」  とノリノリでマイクを手放さなくなった市原さんを私はひたすら笑いながら眺めていた。ど素面でそれにいつも付き合える本郷さんもすごいと思うが、私も病んでいたのが嘘のように楽しくなっていて、気付けば鬱はどこかへ消えていた。 「井原ちゃんはさー、可愛いし、性格もいいし、最高じゃない?」 「おー、最高」 「もう、惚れちゃう」  べろべろの市原さんに合わせて、本郷さんも同意したような言葉をとりあえず並べているのは目に見えるのだけれど、気付きもしない市原さんには関係なかった。それでも席の位置を市原さん、本郷さん、私の順にしてくれたのはあくまで本郷さんが市原さんの面倒を見るというスタンスをとるための配慮だろうと思うと、なんとも居心地のいい空間でしかなかった。  元々、カラオケと映画にしか行かないと言っても過言ではないくらい本郷さんとは出掛けないのだけれど、ニューフェイスの存在はいい刺激になった。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。本郷さんに感謝だ。もちろん、体を張ってくれた市原さんにも。  たしかに、市原さんが言うように、エイプリルフールにくだらない嘘を吐くような友人じゃなくて本当に良かったと私も思った。そんなしらけた笑いはいらないのだ。もっともっとくだらない笑いを。その場が楽しくて、その場だけが楽しくて、普段は連絡も取らないような縛りのない彼氏ではない存在が、私には尊く感じた。その日は3時間という間、ひたすら笑い転げて熱唱して、本当にいい発散の場になったのだった。やはり、本郷さんが私には必要なのだ。帰りの車内では吐きそうとひたすら気持ち悪いを連呼する市原さんがいたのは言うまでもない。  後日談。本郷さんからの電話で、「市原さんが井原ちゃん怖いって怯えてるよ」という話が届いたのは致し方ないというものだろう。次会う機会がもしあるのなら、今度は普通に接してあげようと心に誓ったのだった。
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