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翌朝、次の港が見えてきた。ディアールは歌に謳われる通りガラス細工と彫金が盛んだ。
「ルリ、出番だ」
港の玄関口とも言うべき灯台のそばで船を停め、ルリを船首に立たせる。ルリはゆっくりと息を吸い込んで歌い出す。繊細なガラス細工のようでいて、力強い歌声は潮騒を越えて灯台守の元へと届く。灯台守が赤い旗を二度振った。聞こえたという合図だ。ルリが歌い終えると灯台守の力強い歌が聞こえてきた。こちらが何者か問いかける歌だ。リオはガーネット商会の紋章が入った大きな旗を掲げる。
「こちらはガーネット商会のガレオン船ムーンライト号! 俺が船長のリオ・ガーネットだ! 交易のためにこの港に来た! 入港許可を頂きたい!」
リオの声に答えるように旗が五回大きく回され、再び歌声が聞こえてきた。歓迎の歌だ。リオは船を進めるように指示を出し、ルリを抱き上げる。
「感謝の歌を」
「うん」
灯台守が歌い終えたタイミングでルリの透き通った歌声が波間を渡る。港には次々に人が現れた。灯台守が合図をしたのだろう。係留や荷運びを手伝ってくれる者たちだ。
「ルリ、上手だったぞ」
頭を撫でてやるとルリは得意げに笑った。
「上陸すると色々な手続きがあってだいたいみんな忙しいし、俺もかなり動き回るがはぐれないようにしてくれ」
「うん」
船は無事係留され、彼は多数の手続きと指示に追われて走り回っていたが、ルリはちゃんとそばにいた。夕方になってやっとリオは一息つく。
「ルリ、腹は減ってないか?」
「ペコペコ」
朝食べた後、昼らしき時間にクッキーを食べさせただけだ。お腹が減っていないはずがない。
「待たせてごめんな。今日は町で飯を食おう。ライリーも一緒に」
「ライリー?」
「一人でうろつくと叱られるからな」
彼が軽く肩をすくめると、ちょうどライリーがやってきた。
「飯に行くつもりか?」
「ああ。ちょうど君を探しに行くところだった」
「そりゃよかった」
ライリーは当然のようにおすすめの店に連れて行ってくれた。地元の料理を出す店で気風のいい女将さんが子供の喜ぶ料理をルリに出してくれた。ルリは大喜びで食べ、リオはうれしくなる。近頃ルリがよく食べ、よく眠っていると幸せな気持ちになる。理由はわからないが、何とも愛おしくてたまらない。
「ライリーはこの港には相当来てるのか?」
「もう数えるのもやめちまったくらい来てる。お前もいずれそうなるさ」
「そうかな?」
「そうなってくれなきゃ会長とジョージに申し訳が立たん」
ライリーは酒の入ったジョッキを一気に傾ける。
「ルリの件はできる限り口添えはするが、お前はとにかく正直に話せ。お前は嘘が下手だ。嘘がバレればややこしくなる」
「わかってる。下手な嘘なら吐くなっていつも言われる」
「だろうよ」
リオはふと息をついて、ルリの頭を撫でる。ルリは少し不思議そうにリオを見上げた。
「ライリー、チィヤンが住んでいる地域はすごく狭くて、数も少ないから連れて行けばすぐに親が見つかる可能性が高いんだそうだ。早く返してやらなきゃいけないのはわかってる。けど……」
「リオ」
咎めるような声にリオは笑って見せる。
「わかってる。どんな事情があれ、このままにしておくわけにはいかない」
ライリーの目が気づかわしげに揺れた。言いたいことはなんとなくわかる。リオは目をそらして酒のジョッキを傾ける。その夜はほとんど酔えなかった。
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