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それから数日後に、女性は部屋を退去した。
女性は最後まで、隣人に謝罪したいと訴えてきたが、こちらで穏便に済ませると言ってそれを押しとどめた。
それに加えて、退去時のクリーニング代の請求はしなかった。なにせ、一ヶ月ほどしか入居していない。それもあそこには、仏壇だけしか置かれていなかったのだから、初期の状態と何も変わりはしなかった。
それになんと言っても、息子さんと近い年齢の大学生があそこで亡くなっているという事実が、俺たちには重かった。最後まで伝えなかったという後ろめたさがあったことも、今回のような形を取ることとなった。
何もかもが片付き、これで今回の件は解決。そう思っていた矢先、上司が渋い顔で俺を呼んだ。
「またあのアパートで苦情が出た。今度は下の階からもだ」
「え、だってあの部屋はまだ空きのはずじゃあ……」
あり得ない。今度こそあり得ないとハッキリと言える。
「夜中にドンドンと、人が歩き回る音がするそうだ。それも一人じゃない。二人だと」
開いた口が塞がらず、俺は上司の顔を見つめる。同じ気持ちであるのは間違いないようで、いつになく眉間に皺が寄っている。
「それから隣人からも連絡があった。今度は毎晩のように、喧嘩する男性同士の声だそうだ」
「あり得ませんよ。絶対に……だってそうでしょ」
あそこには誰も住んでいないのだから。口に出さずとも上司がこちらの意図を汲んだように「そうなんだ」と唸る。
「こんなこと言うのは、不謹慎かもしれないが……」
一度口を噤み、それから上司はさらに眉間の皺を濃くして言った。
「息子はあそこに置き去りにされたのかもしれないな」
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