旅立ちの日に。

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 いつもよりも重たくなったリュックサックを背負う。  エナメルバッグを肩にかけて、キャリーケースの持ち手を持てば、私の旅立ちの準備は終わる。 「うん。立派に家出少女だな!」 「どっちかといえばバックパッカーじゃない?」  いや、どっちだっていいけども。  楽しそうに話す両親が、その実ものすごく寂しがっているのをわかっている。それでもいつもどおりを彼らがしてくれているから、私はただいつもみたいに「はいはい」なんて軽くあしらった。くすくすと笑うアキが、静かに重たいキャリーケースを奪っていく。 「ミハル。それも持つよ」 「や、大丈夫。ありがと、アキ」  エナメルバッグも持って行こうとするから、それは断った。アキが開けるわけがないとはわかっているけれど、一応、着換えが一式入っているので。つまるところ、気持ちの問題だ。  玄関口まで四人で行って、扉の正面にある大きな姿見の前で両親と向き合った。  この鏡も祖母の持ち物だったという。普通の姿見よりも横幅があるそれは、二人並んだって端があまるくらいだ。鏡を囲う木のフレームには細やかな意匠がこらされていて、指先でなぞると熱を帯びるような感覚がいつだってあった。  鏡と向きあう。ぱっきりとした反転世界に、ゆらゆらと自分が映っている。 「じゃあ、頑張ってね美春」 「アキくん、美春をよろしくな」  玄関の内扉を背にして、母と父が鏡越しに笑う。  そんな二人の姿も、一番近くに写っていた自分の姿もだんだんとぼやけていって、やがて、鏡の向こうに知らない部屋が映り込んだ。日本の現代建築とは全く違う雰囲気の、そうだ、アンティーク家具が私の部屋よりもずっとずっと似合うような、そんな部屋。きっと幼い頃の私なら口に出して言っていた。魔女の家、と。  ここが、私が明日から過ごす部屋だ。  ここが、私が明日から暮らしていく、異世界だ。  きっと、私の祖母も、この場所でずっと暮らしていた。  部屋と同時に四角い枠の中に現れた『引っ越し業者』が、私と目が合うなり待ちくたびれたと不満げな顔を見せた。ぴぴ、と長く尖った耳を震わせ、見目が大切だからとわざとらしい三角帽子と杖を身に着けたまま「そろそろ時間ですよ」と口パクで言ってくる。ああ、そういえば言ってたもんね、こっちの世界とあっちの世界を繋げるのは条件が揃った日のひと時で、労力も相当だって。鏡を通り抜ける質量も限られているって。それでも、来年の正月に再び条件が揃いそうだったのは幸運だったし、その我儘を叶えてくれる仲間たちにも感謝の気持ちしかない。  ごめんとジェスチャーで軽く謝ってから、美春は振り返って、両親の姿を目に焼き付けた。  それから、アキと顔を見合わせて、大きくうなずいて笑い返した。 「うん。行ってきます!」  そして、私は。いつか、高校生のときに迷い込んだあの日のように、けれど今回は命の恩人に手を引かれながら、一緒に魔女の鏡の中に飛び込んだ。
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