Prologue  デアイのケーン

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Prologue  デアイのケーン

 その日、ワタシはとんでもないものを見てしまった。  うーん……。  ……とんでもないもの……というか。  ……見ては、いけないもの?  いや、ありえないもの?……あ、いや、宇宙人みたいなものかな?  信じてもらえないかもしれないけど、……うーん、しゃべるイヌ?  普通に人の言葉をしゃべるイヌなの。  そんなの見たら、誰でもぜったい、フリーズするよね。  ああ、いきなり、ごめんね。  ワタシは、フクモト・ナナ。  ……今年、この春に、このリシマに引っ越してきた、小学三年生の女子。だから、まだ島のこととか、よくわからなくて……。  でも、普通に人の言葉をしゃべるイヌとか、そんなのがいるところ、このニッポンにあるなんて、思ってなかったから……。  だけどさ、ほんとにしゃべっていたんだ、そのイヌ。ワタシの目の前で。  下校する途中に、「ビゼン屋」さんていう、お店やさん……というか、ザッカ屋さん?  ……ああ、正しくは、それとも違うんだけど、えーと、なんというか、島の中でたったひとつ、ナンデモ買える屋さんというか……まあ、いなかのコンビニ?  ……みたいな?  だから、カンタンに言うと、その「ビゼン屋」さんていう店の前で、いきなりイヌがしゃべっていたのね。マジで。  なんか、耳が大きく尖って……鼻が長くて、目がくりっとしていて……毛並みはミルクティーみたいな感じで……ちょっとストライプも入っていて……見た目、けっこうカワイイんだけど……でも、手足が異様に短くて……細くて……うーん、なんか変な感じで…… まあ、それはおいておくとしても……そのイヌが普通に人の言葉をしゃべってたのね。目の前で。 「びぜんヤのおじさん、こんにちは」  そのイヌが言ったの。普通に。  「おお、ケーンちゃん。いつのも、おつかいかい?」  ビゼン屋のおじさんが笑顔で答えてた、普通に。  ケーン?おつかい?  人の言葉をしゃべるイヌ?  ……それに何事もなく答えてる店のおじさんって、なに?   ………………………………………………………………………………………………………  はあぁ?  そう思ってワタシ、フリーズしちゃって……。  でも、おかまいなしに、イヌが答えたの。 「そう、いつのも、おつかいかいなんです。おじさん、いつのもトイレペ、ハーフで」 「あいよ。半切りパックね」  ビゼン屋のおじさん、にっこり笑うと奥に入ってから、いつもスーパーで見るようなパックを半分に切ったトイレットペーパーを持ってきた。  トクヨウのトイレペって、ワンパックに4個×4段で十六個ぐらい入ってると思うんだけど、それが4×2って感じで半分なのね。  でも、そのハーフパックの長さが、ちょうどイヌの背中のサイズにあってるの。  ビゼン屋のおじさんが、それをナイロンのひもでイヌの背中にくくりつけながら、普通にきいていた。 「オヤカタはあいかわらず忙しいのかい?」 「はい。……だから、ボクがおつかいに」 「そうかい、そうかい。えらいね、ケーンちゃん」  ビゼン屋のおじさん、ニッコリ笑いながらたずねた。 「お代はどうする?いつものツケ?」 「はい。それでお願いします」 「そうかい、そうかい。じゃあさ、おサイフにデンピョウと、いつものソーセージ、入れておくからさ。あとで食べなよ、ケーンちゃん」 「ええっ!?……だめですよ、おじさん」  イヌが少し、はにかんだように首をすくめる。  でも、本当はすごく喜んでいるように思えた。  そういうの、ワタシは見逃さないから……。 「いいんだよ、遠慮すんなって。好きだろ、魚肉ソーセージ」 「……あ、はい。すっごく」 「だろぉ。おつかいのごほうびだよ」 「……いつも、ありがとうございます。びぜんヤのおじさん」 「いいってことよ、ケーンちゃん。ワシら、おつかい仲間じゃろ、いらぬエンリョなんかすんなって。オヤカタにも、よろしくな」  そう言いながら、 ビゼン屋のおじさんは、イヌが首輪の先につけてたサイフに、デンピョウの紙と短く切った魚肉ソーセージを入れてあげたの。 「ありがとうございました。じゃあ、失礼します、びぜんヤのおじさん」  イヌは嬉しそうに頭を下げた。  それから、坂の上に向かって、トゥク、トゥク、って感じで歩き始めた。  ビゼン屋は島の中で坂の下のほうにあるからね。港に近いところの……。  まあ、場所はいいとして、そんな、ありえない光景が、目の前でくりひろげられていた。  フリーズしてたワタシは、少したってから、ワレ?(こくびをかしげる)ワシ?アレ?  ……ええと、ワレにかえって、ブルっとからだをふるわせてから、なんとなく駆け足で、そのイヌを追いかけてみたの。  それでしばらくして、ガマンできずに後ろから声をかけてしまったのね。 「ねえ、ちょっと待ってよ!」  それを聞いて、イヌが止まった。 「ねえ、あなたさ、ケーンっていう名前なの?」  ワタシの質問に振り向いたイヌが、半目でにらんだの。  まるで、ヘンタイ?   いや、ストーカー?   ……そんな人を見るみたいな目で、イヌが言った。 「……あのぅ……ボクに話しかけないで、もらえますか」 「えっ!」  ワタシはまたフリーズしながら聞き返した。 「……なんで?」 「……おつかいの最中に、知らない人と話したり、……食べ物とか、もらったりしちゃ、だめ!……って、オヤカタに言われてるから」  ─ええっ!?  ……まあ、それは、そうだよね。ワタシもママから同じことを言われてた。通学の最中に、知らない人と話したり、モノをもらってはいけないと……。  でも、それより、おやかた?……その、おやかたって、なに?……もしくは、だれ? 「お、おやかたって、人なの?……人なら、だれ?」  ワタシは思ったままを質問していた。 「……オヤカタは、オヤカタ……ボクのオヤカタだから」  イヌはやっぱり怒ってる。 「ああ、そっか。あなたの飼い主ってこと?」 「……飼い主っていうよりも、ボクのオヤカタ」 「おやかた……オヤカタ……ああ、親方って、大工さんとかのエライ人、その、親方さん?」 「ダイクさん、じゃない!」  急にイヌがほえた。  ─えっ!……なに?ワタシ、なんかヘンなこと言った?なんでキレてるの、このイヌ?……なんで?  ワタシはあとずさりしながらきいた。 「……じゃあ、何の親方さん?」 「ボクの……ボクだけのオヤカタだから。あなたにはカンケイないでしょ!」 「……ああ、そうかもね」  さらに数歩、あとずさりしながら、ワタシは思っていた。   ─意味わかんない!急に、ほえて!……ま、イヌだから仕方がないか……。  それでも負けじと、ワタシは聞き返す。 「……じゃあ、オヤカタさんは、あなたの飼い主でもあるってことでいいよね?……だって、どう考えても、そうじゃない。飼い主さんがいなきゃエサがもらえるわけないし……うーん、そもそもアナタ、いま飼い主さんのためにおつかいしてるんでしょ?」 「そうだとしても……。あの、何度も言うけど、なれなれしく話しかけないでもらえますか、ボクに」 「あ、ごめん。……でも、あなた、普通に答えてくれるから」  思わず右手で、右の耳たぶをさわってた。それはワタシが困った時にやるしぐさ。  ママにしかられて、苦しまぎれのいいわけをする時とか……。  それから、気まずい沈黙があった。 「……じゃあ、最後にきかせてよ」  ワタシは勇気をふりしぼってきく。 「アナタ、なに犬なの?……種類、イヌの?」 「えっ!?……ああ、ボク?」  イヌはすこし困ったように首を振ってから、上目づかいで答えた。 「……コーギーの……雑種……みたいな?」 「あ、やっぱり、コーギーなんだ。で、名前がケーンなの?」 「……そう……ですけど」 「コーギー犬のケーンって……。コーギーの頭痛がイタい、みたいな名前じゃない」  ワタシはくすっと笑ってしまった。  それを見たケーンが、マジギレしたようにきく。 「……なんで笑うんですか?……なんで、そんなこと言うんですか?……というか、なれなれしく話かけてくるけど、あなたこそ誰なんですか?」 「え、あ、……ワタシ?」  頭をかきながら答えた。 「ごめん。名前、言ってなかったね。ワタシはフクモト・ナナ。今年の春に、この島の小学校に転校してきたの」  ワタシの答えに、半目のイヌがさらに眼を細めて質問をかぶせてくる。 「何年生?」 「三年だけど」 「ふうん……」  イヌがそっぽを向きながらつぶやく。 「……小学三年生とかって、とくにわけのわかんないことするから、いちばん近づいちゃダメだって、オヤカタに言われてるから……」  そう言ってから、ワタシを睨む。  「ナナさん、でしたっけ。これからボクを見かけても、なれなれしく話しかけないでください。じゃあ、ごきげんよう」  そんな感じで、またトゥク、トゥクって歩き始めた。  ─なに、コイツ!?  ……やな感じ。ごきげんよう……って、私立の女子か!  またまたフリーズしながら、ワタシはケーンの後姿を見ていた。  ─アイツ、あやしいよ。とっても。  胸の中がざわざわ、とてつもない違和感をおぼえながら。  ─なにがあやしいって、……その……なんというか、イヌのくせに、イヌのくせに……普通のイヌみたいに、バウッとしてないじゃん!……すかしちゃってさ。  そう思っていた。  そして、ワタシは確信していた。  ケーンが人にあかせない秘密を持っているんじゃないかっていうことを。  いや、いや、いや……。その前に、大事なこと、忘れてるって。  普通にイヌと会話できることこそ、おかしいでしょ!  しかも、おつかい、って……。  そんな、あたりまえのことも忘れてしまうほど、ショックだったのかも。  それが、おつかいケーンとワタシの出会いだった。
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