EPISODE.2 ケーンのヒミツ

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EPISODE.2 ケーンのヒミツ

 なんか、すごくグニャグニャした、コワい夢をみていた。  ずっと溶かした小麦粉の中で泳がされているみたいな。  この後、パンケーキの具材として小麦粉と一緒に焼かれちゃうんだろうなぁ、アクのソークツのイケニエとして……。メイプル・シロップも、かけられちゃうのかな?  そんなことを考えながら、実はそれが夢だってことも、ナントナクわかってたみたい。  ワタシがそのグニャグニャした夢の水泳から目覚めると、そこは白い家の中みたいだった。  ボタニカル柄の小さなソファに寝かされていて、ひたいになんかグニャグニャしたものを張られている。おそるおそる触ってみると、熱を冷ますジェルシートだったから、少し安心した。  そして、目の前には、やっぱりボタニカル柄の一人掛けソファにすわって、ヒザの上に茶トラのネコを乗せた女の人がいた。  白いシャツに白いエプロンをかけているんだけど、そこにキレイな色の絵の具みたいなものがいっぱいくっついていて、お花畑のように見えた。  女の人は、ワタシのママぐらいの年?……かなと思った。  でも、ショート・ボブにしていて、どこかリンとした感じのキレイな人だった。  その女の人が膝の上の茶トラの顔や頭をグニグニしながらさわって、ネコは目をつむったまま「イー」っていう顔で気持ちよさそうにしている。  ─えっ!……まさか、アレって……ネコ・バージョンの時のケーン!?  ワタシはグニグニされてる茶トラをじっと見つめる。  たぶん、まちがいない!  コーギーのロボ・マスクをしていない時のケーンだ。  ─ということは……。このキレイな人が、オヤカタ!?  ……え、なんで!いかついオジサンじゃなかったの?……親方なのに!  オヤカタらしき女の人は、どうやらケーンをマッサージしているらしい。完全にノビノビで、くたっとなったネコがそこにいる。  そして、オヤカタがワタシの目覚めに気づいたの。 「あら、気がついたのね。だいじょうぶ?どこか、イタくない?」  遠くから聞こえる教会の鐘?……みたいな声だった。  ワタシは思わず飛び起きて、ソファの上で正座した。  意味もなく、ひたいのジェルシートを押さえながら答える。 「だいじょうぶ……だと思います……たぶん」  緊張で声がうわずった。ヘンなとこから出たような感じ。 「ほんと?」  オヤカタらしき女の人が微笑みながらきく。   ワタシは転んだ時のヒザっこぞうを確かめる。ちょっと、すりむけているだけ。 「はい、だいじょうぶみたい」 「よかった。家の前で女の子が気絶してるなんて、初めてだったから……。びっくりして、どうしていいかわからなかったのよ。病院に運ぼうとしたんだけど、この子が転んだだけだっていうから」  オヤカタは両手でケーンのほっぺたをひっぱる。 「……みぎゃ」  ネコ・ケーンがなさけない猫声を出して目を開ける。  ─みぎゃ、って。なに、それ!……ネコまる出しじゃん。  ワタシは半目になってケーンをにらんだ。 「あなた、たぶん、ウチの子がしゃべったことに驚いて転んだんじゃないの?誰だって、初めてしゃべるネコなんて見たら、気を失うかもね。あれっ?……ええと、この子、コーギーのマネをしてたんだっけ?」  オヤカタはあいかわらず笑顔。  「……はい、そうです」 「そうかぁ。なら、なおさら驚いたよね、きっと」 「……はい、ちょっとだけ」 「あれは……ただの、おつかい用のマスクなんだけどね。ほら、ヒトだって、おつかいの時には帽子かぶったりするじゃない。それと、同じ」 「……そうなんですか」  ワタシはうなづいたけど、ぜんぜんナットクしてなかった。  ─あんな、ガシャ・ウィーン・プシュみたいにソーチャクするロボ風マスク、帽子とはぜんぜん違うじゃない!しかも、ネコがわざわざコーギーに変装って。  でも、言えなかった。  オヤカタの笑顔がすごく優しそうだったから。  「ほら、ケーン。やっぱり、あなたに驚いて転んだんじゃない、あやまりなさい」 「でも、あのひと、窓から家の中をのぞいてたんだよ。ガラスにべったり、顔のアブラとヨダレまでつけて……。ボクのあとも、ストーカーみたいに、つけてきたし」  ネコ・ケーンが反論する。 「あんたみたいな子を見たら、誰でもキョーミ・シンシンになって、ついて行きたくなるでしょ。前にも、おっかけてきた男の子たちがいたじゃない。でも、おどかしちゃダメでしょ。この女の子、びっくりして白目むいてたんだから」  ─えっ!……ワタシ、白目むいて気絶してたの?  ……ハズイ……はずかしすぎる。 「でもぉ……」  ネコ・ケーンはまだ不服そう。 「いいから、あやまりまさい」  オヤカタは両手グーでケーンの顔をはさみ、グリグリした。 「みぎゃ……」   なさけない猫声を出してから、やっとケーンがあやまる。 「……おどろかせて、ごめんなさい、ナナさん」 「いや、ワタシも道にまよったとはいえ……勝手についてきちゃったから。……ごめんなさい」  シンミョウな顔で、ワタシもあやまった。ちょっと、ウソもまぜちゃったけど……。 「じゃあ、これで仲直り。ぜんぶカイケツね」  オヤカタが嬉しそうに笑った。 「あなた、ナナさんていうの?」 「はい。フクモト・ナナです」 「アタヒは、ユキマル・ヨーコ。よろしくね」  オヤカタは自分のことを「アタヒ」と言った。  わかるけど……。わかるけど、なんか、変わってる。 「オヤカタ?……じゃないんですか?」  ワタシはソボクなギモンをぶつけた。 「ああ、この子がそう言ったのね?」 「はい」 「なんでなのかなぁ、この子はアタヒをオヤカタっていうんだよね。確かに、この子のオヤ?……親代わり?……では、あるんだけど、ママに対してさ、オヤカタってさぁ……。おいおい、ってカンジじゃない。どう思う?」 「えっ!……わからないけど、なんかオヤカタっぽいとも思います」 「ええっそうなの?……だからかな。今じゃ、島の人たちはみんな、オヤカタってよぶんだよね。ビゼン屋のご店主さんとかも。恥ずかしいんだよね。まあ、いいけど」   オヤカタはコロコロと笑う。  それをネコ・ケーンがじっと見上げていた。 「でも、ナナさん。あなたはヨウコって呼んでね、アタヒを。オヤカタじゃなくて」 「……あ、はい。じゃあ、ヨーコさんで」 「あなたとは初めて会うけど、最近、この島へ来たの?」 「はい。……春に、転校してきて」 「ああ、そうだったの。じゃあ、もしかして、診療所に新しく来たドクターのオジョーさん?」 「あ、はい。……パパと……二人で来ました」 「そうかぁ。前の病院では救急救命にいらして、外科も内科も診られるドクターがついに来てくれたって、島のみんなは大喜びなのよ。ナナさん、ようこそ、リシマへ」  初めてかけられた歓迎の言葉だった。 「……あ、ありがとうございます」 「ねえ、ナナさん。おなか、すいてない?パンケーキだったら、すぐにできるけど。さっき、生地の仕込みしておいたから。ケーンの分はさっき、焼いちゃったんだけどね。この子、ネコジタだから、焼きたては食べられないのよ。少し、さまさないとね。どうする、ナナさん?」  そう言われると、確かにワタシ、おなかがすいてるかも。 「じゃあ、いただきます」 「オッケー。じゃあ、焼いてくるね」  オヤカタ……。  もとい、ヨーコさんはケーンをイスの上に置いて、キッチンへ行こうとした。 「あっ、あのう……」  ワタシが呼び止める。 「なぁに?」 「ひとつ、聞きたいことが……」 「はいはい、どうぞ」 「えーと、このケーンくん?…なんで、ヒトの言葉がわかって、しゃべることができるんでしょうか?」  ずっと知りたかったことだから、ワタシ、やっぱりガマンできなかった。 「ああ、そのこと。まあ、そうだよね。じゃあ、それは本人に聞いてみれば。せっかく話せるんだから、二人とも」  くすっと笑いながら、ヨーコさんはキッチンに行ってしまった。  ワタシは向かい側にいるネコ・ケーンをじっと見つめる。  ─なに?……ブーたれてるの?耳、さげちゃってさ……。  ネコがイカみたいに両耳を下げてる時は、なんかイヤなことがある時だって、パパから聞いたことがある。   ネコ・ケーンは半目で、しかも両耳を下げていた。  ぜったい、ブーたれてるな、コイツ! 「オヤカタがアナタに直接きけ、って」  ワタシの言葉に、ネコ・ケーンはそっぽを向く。 「聞こえてたから、わかってるよ」 「じゃあ、言いなさいよ。アナタ、なんでヒトの言葉がわかるの?そのヒミツ、ちゃんと教えてよね」  ワタシはたたみかけた。  あーあ、ダリィなぁ。  ……みたいな顔で、ネコ・ケーンはのびをした。 「……ちゃんと話しなさいよ。オヤカタが話せって命令したんだからさ」 「わかってるよ」  ネコ・ケーンは前アシをたたんで丸くなる。 「ボクがしゃべれるようになったのは、スピーディ・ラーニャンのおかげ」  ─はぁ?  ……なに、それ!  ワタシはしっかりケーンをにらむ。  ─スピーディ・ラーニャンって……。なに、その、通販教材のバッタものみたいな名前!コイツ、てきとうにゴマかしてるだろ! 「スピーディ・ラーニャンって、なに?」 「だぁから、ネコ用ヒト語プロトコル学習システムだよ」  ネコ・ケーンはそっけなく言う。  ─だぁから、って、なに、その言い方!  ……使い方も、まちがってないか? 「それ、どこで売ってたの」  ワタシの質問を、ケーンは鼻で笑う。 「どこにも売ってるわけないじゃん。カスタム・メイドだもん」 「じゃあ、なんで、アナタが持ってるわけ?」 「あのね、スピーディ・ラーニャンは島一番の発明王、デコモリ・ハカセの試作品なんだよ。それをもらったに決まってるじゃん」  ─はぁ?……急に「じゃん」とか使い出して……。  なに、コイツ、偉っそうに! 「知らないから。デコモリ・ハカセなんて。島一番の発明王と言われたって、島にきたばっかりなんだから、ワタシが知るわけないじゃん!もっと、ていねいに説明しなさいよね」 「じゃあ、実際に見ればいいじゃん。ここにあるから」  ネコ・ケーンはイスから飛び降りると、スタスタと歩いていった。  その先に、古い蓄音機?……ちっちゃいジュークボックス?  ……なんか、そんなカンジの箱があった。  ショーワ?とにかく、写真でしか見たことがないような古くさいデザイン。  ─ええっ!……それがネコ用ヒト語……なんだっけ?……えーと、くろにこる?……いや、ちがうな。ぷろとるこ?……いや、いや、ネコ用……ヒト語……ぷろとこる……学習システム、だっけ……そんで、これがスピーディ・ラーニャン?  ……なんか、ショボくない?完全に名前負けじゃん!  そんなワタシの感想をさとったように、ネコ・ケーンが半目でアザ笑った。  コイツ、やっぱり、ワタシをバカにしてるな!
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