EPISODE.3 ケーンのコウギ

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EPISODE.3 ケーンのコウギ

 古い蓄音機?ちっちゃいジュークボックス?  そんな風にしか見えないスピーディ・ラーニャンっていう箱の前で、 ネコ・ケーンがヨユウの笑みをうかべている。 「じゃあ、キドウするけど、いいかな」 「き、どー?」  ワタシはドキマギしながら聞き返す。  とっさに言葉の意味がわからなったからだ。 「システムの起動だよ」 「……ああ、それね。そっちのキドーね」  少しゴマかした。 「ふっ」  ネコ・ケーンは、みすかしたように小さく笑う。 「じゃ、いくよ」  ちっちゃいジュークボックスの上の方にあるスイッチ?  青い◎のところを、ニクキュウでポチッとな!  みたいなカンジで押した。  チュイーン。  ……なんか、キカイ的に少し偉そうな音がしてから、まんなかについている丸いライトが虹色に回転しはじめる。  それが止まると、ジュークボックスが勝手に話し出した。 「ヨウコソ・ヒトゴ・ノ・セカイ・ヘ」  鼻をつまんだロボットの声だ。 「デハ・マズ・レイダイ・デス」  そこから声が変わる。 「オハヨウ」  高くて柔らかい女の人の声になってる。 「オハニャウゴザイマス」  なんかキンキンするネコ声?……で、リピート。しかも、ネコ語な感じでなまってる。  そして、もう一回。 「オハヨウ」  高くて柔らかい女の人の声。  でも、次のリピート音が聞こえない。 「…………」  聞こえないのに、ワタシの耳が少しイタくなるような感じ。  そしたら、 ネコ・ケーンが横から答える。普通に。 「おはようございます」 「セイカイ・デス!オメデトウゴザイマス」  鼻をつまんだロボの声。  そして、ちゃっちいファンファーレ。  テッテレー!  すると、ジュークボックスの下についてた扉がパカッと開いて、コロコロと何か球体が出てきた。  それをパクって、ネコ・ケーンが食べたの。  ─なに?……どういうこと?  ワタシは思ったままを声にしていた。 「なに?どういうこと?」 「だぁから、これがスピーディ・ラーニャンの基本システム」 「はあ?」  ワタシをからかってるんだ、きっと。 「古くさいジュークボックスから、ヘンな声とヘンな玉が出てきただけじゃない」 「へえ、キミにはそうとしか思えないんだ。ふふ、わかってないな」  ネコ・ケーンが鼻で笑う。  完全に上から目線だ。 「なに、偉っそうに。ふざけないでよね」 「ふざけてないよ。このプロトコルを繰り返すことで、ボクはヒト語を覚えたんだよ」 「だから、その、ぷろとこる、って何なのよ?」 「へえ、プロトコルも知らないんだ、人間のくせに」 「ぐ……。知ってるわよ……知ってるけど、人間のプロトコルとネコのプロトコル?……違うかもしれないじゃない。だから、念のために、きいてみただけ。それよりも、ちゃちゃっと説明しなさいよね!」 「ぐ……。プロトコルは、プロトコルだよ。たとえば、コンピューター同士が会話みたいに通信をする時、コンピューター語の手順や約束事が決められているのね。それがプロトコル。同じように、ヒトの言語でも手順や約束事が決められているでしょ。だから、会話をするためには単語だけでなく、手順や約束事を覚えなきゃならないの。文法とかね。つまり、プロトコルには、コミュニケーションの時間経過まで含まれているってこと。その進行を簡単なアイサツから長い会話までパターンで覚えていくように進化させるから、ネコ用ヒト語プロトコル学習システムなんじゃないか」  勝ちほこったように、ネコ・ケーン。  ─な、なまいき!……どうせ、デコポン・ハカセ?……のウケウリなくせに! 「それだけじゃないよ。デコモリ・ハカセのすごいところは、人間とネコの聴覚の違いをわかってプログラムを組んでいるところ」 「……どういうこと?」 「聞きたい?」 「ちゃちゃっと言いなさいよ!」 「……わかったよ。音には周波数というのがあって、その単位がヘルツでケーソクされるんだけど、たとえば500ヘルツくらいの低い音だと、ヒトでも動物でも聞こえ方にそれほど差がないのね。でも、髙い音だと、ぜんぜん違ってくるんだ」  そんなカンジで、急にネコ・ケーンがセンモン的?……な説明をはじめた。  まるでエライ教授のコウギみたいに。……ただの、ニセ・コーギーのくせに!  まあ、それはいいとして……ケーンの話を要約すると、ヒトと動物では高音域で聴覚セイノウが違うみたいで、人間は1.5~2万ヘルツまでの高い音しか聞こえないのに、イヌだと3.5~4万ヘルツまで聞こえて、ネコになると6万~10万ヘルツの超高音まで聞き取れるんだって。  人間の耳には聞こえない超音波が16万ヘルツ以上だから、ネコの耳はソートーすごいってことらしい。  だから、ネコは二十メートルぐらい先にいるネズミの足音がわかったり、ネズミ同士が超高音でする会話までキャッチできるんだって。  でも、普段のネコは、女の人の高くて柔らかい声ぐらいの周波数が、いちばん好きらしい。その声質についつい反応しちゃうんだって。 「……だから、このスピーディ・ラーニャンは、ちゃんと、その特性をわかった上で開発されたわけ。例題の二回目のハンプクの時に、キミは音が聞こえなかったんじゃない?」  ネコ・ケーンの質問に、思わずワタシはうなづく。 「……そうだけど」 「でも、ちゃんとオハヨウゴザイマスという音は出ていたのね。ただし、10万ヘルツの超高音だったからヒトには聞こえにくいみたい。ボクにはちゃんと聞こえてたよ。だから、おはようございますって、くり返した。そんなカンジで、色々な単語と会話の手順をおぼえたわけさ」  ─ふーん。音が聞こえないのに、なんか、ちょっと耳がイタい感じがしたのは、ネコ耳専用の音が出てたってことなのね。 「それで、アナタ、いつからやってるの、このスピーディ・ラーニャン?」  こんどはワタシのスルドイ質問。 「生まれて、すぐ……」  ケーンが少しうつむく。 「……っていうか、この家に拾われてきて、すぐだよ」 「アナタ、拾われてきたの?」  その言い方は……。  やっぱり、よくなかったな、と思った。 「……あ、ごめん。そういう意味じゃなくて。もらわれてきたってことでしょ、ヨーコさんのところに」 「……拾われてきたんだよ、すごい雨の日に」 「そうなんだ。なんか、ごめん」  ワタシはドギマギしながら、ヘンなことを言っちゃう。 「……でも、よかったじゃない……雨にぬれなくて、すんだんだし、こんなステキな家につれてきてもらって」 「まあね」  ……そういう問題でもないんだけど。  ケーンはそんな顔をしていた。 「でも、それだけ小さい時からベンキョウしたから、しゃべれるようになったんでしょ。赤ちゃんが言葉をおぼえるのに似てるものね。アナタが人の言葉をしゃべられること、なんとなく理由がわかった」  ワタシはさりげなく話題をもどした。 「普段はオヤカタが仕事で忙しいから、さみしくないようにって、デコモリ・ハカセから、もらってきてくれたんだ。ちょうど、スピーディ・ラーニャンの試作機ができたところで、実験したかったみたい。じっさいの子ネコで」 「そっか」  いちおうナットクしかけたところで、ワタシはハタと思いついた。 「あのさ、最後に出てきた、あのヘンな玉、あれはなに?」 「ヘンな玉?」 「なんか、ちゃっちいファンファーレと一緒に出てきたやつ」 「ああ、あれはオヤツだよ。セーカイした時にもらえるゴホウビ。色んな味があって、何が出てくるかわからないから、毎回、すっごく楽しみなんだよ。大トロ味の激レアが出たこともあるんだよ。それもあって、続けられたのかも」 「ゴホウビのオヤツ……それがほしくて、ヒト語をおぼえたってこと?」 「まあ、そういうソクメン?……も、なきにしもあらず、だけど」 「それってさあ……」  ワタシは少しイジワルく笑う。 「ナントカのイヌの法則じゃない?合図の音を聞いただけで、食べ物だと思って、ヨダレたらすやつ」 「……パブロフの……イヌ?」 「そう、それそれ。アナタ、ネコのくせに、パブロフのイヌの法則にひっかかったんだ」  いやみを言って、ワタシはニンマリ。  イワン・ペトローヴィチ・パブロフ博士が行なった実験のことは、パパから聞いたことがある。  まず、イヌにベルを聞かせる。そして、エサを与える。エサを食べながら、イヌはつばをいっぱい出す。この実験を繰り返すと、イヌはベルの音を聞いただけで、唾液が止まらなくなる。つまり、ヨダレをたらす。  これがいわゆる条件反射であり、パブロフのイヌ現象である。  と、パパは言ってた。 「スピーディ・ラーニャンは条件反射じゃないから。ちゃんとしたガクシュウだから。ヨダレなんて、たらしてないし!」 「でも、オヤツほしさに必死でベンキョウしたんじゃないの?」 「ぐっ……。じゃあ……じゃあさ、キミはオヤツのアイスほしさに必死で宿題したりしないわけ?」 「ぐっ……。まあ、するときも、あることはあるけど」 「ほら、同じじゃん」 「同じかな?」 「同じだよ」 「じゃあさ、このスピーディ・ラーニャン、仔犬にも使えるんじゃない。オヤツをドッグフードに変えれば」 「ふっ、わかってないな」 「なによ、わかってないって?」 「さっき、説明したじゃん。イヌとネコでも、聞こえる高音域が違うって。イヌ用なら、まず、声を4万ヘルツにセットしなきゃ。プログラミングの全面ヘンコウが必要でしょ」 「ぐっ……。偉っそうに言ってるけど、アナタの説明も、ぜんぶ、デコポン・ハカセのウケウリじゃん!」 「ぐっ……」  言葉につまったネコ・ケーンとワタシは、キーっとなって、にらみあった。  そこにヨーコさんが現れる。 「あらあら、あなたたち、すっごく楽しそうね。もう、すっかり仲良しじゃない。ナナさんのギモンは、かいけつしたのかしら?」 「……あ、はい。なんとか」 「それはよかった。じゃあ、パンケーキ焼けたから、みんなで食べましょ」  そんなわけで、ワタシはちゃっかりヨーコさんのパンケーキをごちそうになった。  バターだけじゃなくて、トッピングがたくさんあって、ヨーコさんが説明してくれたんだけど、まよいにまよった。  だから、ワタシ、よくばってゼーンブ、少しずつ食べてみた。  オーガニック・メープルシロップとか、マヌカ・ハニーとか、サワークリームとリコッタ・チーズのディップとか、梨入りマスカルポーネ・チーズとか、ベリー系のクダモノ・ウィズ・ホイップクリームとか……。  どれも、すっごく、おいしかった。  とくに、シナモンパウダーをかけたバニラアイスクリームのスペシャル・トッピングは、もうゼッピン!家ではゼッタイにゆるしてもらえないヤツ。  イエイ、サイコー!  ケーンもさましたやつをマクマクたべてる。  その途中で……。 「ああ、さっきのあなたたちの話の続きなんだけどね」  ヨーコさんがさりげなく切り出す。  「デコモリ・ハカセ、イヌ用の学習システムも、創ったらしいよ。特許が取れたら、全国のペットショップで売り出すんだって。名前はね、じゃ、じゃーん!」  してやったりの笑顔、のヨーコさん。 「……スピーディ・ラーニングワン!……だって」 「ぐっ……」  ワタシとケーンは同時にパンケーキをノドにつまらせそうになった。  それから、顔を見合わせて、ひきつりながら笑う。  とりあえず、なんで、おつかいケーンがしゃべれるのかは、なんとなくわかった。  でも、まだまだ、ナゾとヒミツは残ってる。  たとえば、あのコーギー・ロボ・マスクって、いったい何?
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