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「…………いくらなんでももう帰ったよな……」
人気のなくなった昇降口で、和志は小さな溜息と共にそう吐き出すと、校門向かうアプローチを歩き出した。
偶然哲太と会ってから優に3時間は過ぎている。
部活動をしている生徒も既に帰路へつき、薄暗くなったアプローチを歩く生徒も数える程しかいない。
まさか今更こんな風に哲太と会うことになるとは思いもしていなかった。
昔のように一緒に過ごす事を頭の隅で夢見ながら、そんな事は絶対できないと諦めていた。本気でそんな夢を見ていた頃もあったが、今ならそれがどんなに愚かで馬鹿げた願いか、嫌という程理解っている。
───哲太…………怒ったかな………
少しは待っていてくれただろうか……勝手だと思いながら、そんなくだらない思いに胸が締め付けられる。
きっと哲太は、日々の時間に埋もれて自分と会ったことなどすぐに忘れる筈だ。
そしてそう思うことにも苦しくなった。
「……だから俺も………忘れなきゃ……」
言い聞かせるように口にすると、校門のすぐ横で数人の生徒が集まっているのに気付いた。
さっきまでほとんど見かけなかった生徒が、まだこんなにいたのか……と驚く程には集まっている。
「……誰か先生呼びに行きなよ……」
「俺はヤダよッ!関わりたくねぇもん!」
「ねぇヤンキーって絶滅したんじゃないの?」
「でも寝顔可愛くない!?」
皆口々に好きなことを言っている。
───まさか………………
和志の鼓動が一瞬で早くなった。
──「ぜってぇだぞッ!」──
友人に引きづられながらそう言った哲太の姿を思い出す。
まだ学校にいるかも分からない自分を哲太はずっと待っていてくれたのだろうか。
熱くなる頬で和志は人の間からそちらへ視線を向けた。
すると門柱に寄りかかり、人が座り込んでいるのが見えた。
しかもただ座っているだけでは無い、眠っている。スヤスヤと寝息を立てながら、周りに人が集まっているのにも気付かず完全に爆睡している。
明るい茶色の髪を後ろで束ね、見慣れない学ランを着て、そして膝の上に道着がはみ出したリュック…………
「───哲太ッッ!」
さっきまで鼓動を早くしていた想いとは、また別の思いが顔を一気に赤く染めた。
「──ちょっ……哲太!」
和志は集まっている数人の生徒を退かすと、しゃがみこみ眠っている哲太の肩を揺さぶった。
「ちょっと!哲太!!───何してんだよ!?」
それでもまだ起きる気配が無く、周りはその様子にくすくすと笑い始めた。
よく見ると口からヨダレまで垂らしている。
「哲太ッ!起きろって!!──哲太ッ!!」
和志は自分でも気付かないうちに必死で大声を上げていた。
「──うるせぇなぁ……」
すると漸く目を覚ましはしたが、寝ぼけているのか哲太は凄みの効いた声で周りの人間をじろりと睨みつけた。
そうでなくとも“絶滅したヤンキー”などと言われていたのだから、遠巻きに見ていた生徒達を威嚇するのにそれは充分すぎた。慌てて目を逸らし、足早に歩き出す見物人たちが離れると
「“うるせぇな”じゃないだろッ!」
目を覚ました哲太の耳のすぐ隣から、和志は怒鳴りつけ大きなため息を吐いた。
「こんなとこで寝たりして……何かあったらどうすんだよ!道端だぞッ!」
「───和志ッ!」
「和志じゃないよ!夕方はまだ冷えるから風邪ひくかもしれないし……本当にッ!昔から考え無し過ぎなんだよ
ッ!」
「──え…………あ……ごめん…………けどッ……オレはお前待ってて……」
「だからって寝るか!?こんな所に座り込んで……まったく呆れて何も言えないよッ!!」
捲し立てるように言った和志が本気で怒っているのだと解り「言ってんじゃん」と言いそうになるのを、哲太は喉の奥へと呑み込んだ。恐らく言えば、もっと怒られる。
しかしその代わりに、言葉を呑み込んだ口が嬉しそうに笑った。
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