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◆
「本当に来たんだな」
デリュージュの演奏が終わったところでフロアから出て受付近くの椅子に座っていたら、朔さんがぬっと現れた。
さっきまでの輝きが嘘のように、どこか陰鬱さすらある。
とはいえ、首にかけたタオルで汗を拭っているので、歌っていたのは現実だ。
「すごくよかったよ。ライブハウスってすごいね」
「ふん」
「耳栓、洗って返す」
「いい」
わたしが首を傾げると、朔さんは眉間に皺を寄せた。
「それはお前にやる。だから、次のチケットは俺から買え」
(……それって)
「素直じゃないんだから。来てほしいなら来てって言えばいいのに」
「うるさい黙れこのストーカーめ」
一瞬、妙な間が生まれる。
「ありがとう」
「ありがとな」
初めて朔さんと視線が合った。
「……何も聞かないでくれて助かった」
ぼそっと呟かれた言葉を、わたしの耳は聞き逃さなかった。
(……それは、わたしもだよ)
了
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