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◆
「かーすみっ」
「ぎゃっ!」
「ちょっと。もうちょっと可愛い驚き方、できないの?」
それは無理な話だ。
階段教室で静かに座っていたら突然後ろの席(つまり一段高い)から両頬に触れられたのだから。驚くなと言われる方が無理だ。
後ろに座っていたのは、同じ高校出身の鈴木りさだった。
わたしの身体症状を知る数少ない友人でもある。
「何聴いてたの?」
りさがわたしのスマホを覗きこんでくる。
「大昔に解散しちゃったバンドの曲」
「へー」
「訊いておいて興味なさそうなことだけは伝わってきた」
「あはは、ごめん。でも、意外。そういうマイナーなやつ、興味ないって思ってた。……かすみ?」
笑うりさの金髪の向こうに、真っ黒な人影が見えた。
教室の後方から入ってきたのは朝出会った黒ずくめだ。一般教養の講義を受けるということは、どうやら同じ一年生らしい。
教養は学部関係なく受講するので、人文学部か経済学部かは分からないけれど。
りさだって経済学部だし。
「ちょっと知り合いを見つけて」
「は?」
立ち上がったわたしは、迷わず黒ずくめに近づいて行った。
「あなたも一年生だったんだ。学部は?」
黒ずくめはわたしを一瞥すると、返答なく席に着いた。
(……無視ですか。そうですか)
ストーカーと蔑まれても仕方ない勢いで持ち物を確認。タブレットの隅に表記されていたのは『人文学部心理学科』。つまりわたしと同じ学科のはずなのに、こんな目立つ装いの人間にまったく気づけなかった。
入学式の後には、学科オリエンテーションだってあった筈なのに。
もしくはそういうのを欠席するタイプなんだろうか。
「さっきの曲、動画が残ってたから聴いてみたよ。解散しちゃったバンドのものなんだね」
無反応。
「本家もよかったけれど、あなたの口ずさんでたバージョンも好きだな」
無反応。だめか。
「というか、あなたの声が聴きたい」
しまった。これはむしろ、失言。
黒ずくめはイヤホンを耳につけてしまった。これは完全な拒絶反応だ。
わたしは肩を落として席に戻る。
「お帰り~」
りさが手をひらひらと振ってくる。
「どう見ても知り合いっぽくなかったけど、知り合いなの?」
「……さぁ」
「さぁ、って、あんた」
りさは不満げ、というか追及したそうだ。とはいえ、教授が入ってきたので会話は強制的に打ち切られた。
集中しないと宇宙語に翻訳されてしまうので、わたしもぎゅっと意識を壇上へと剥ける。
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