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◆
軽音楽部の部室の入り口で、わたしは正座することとなってしまった。
向かい合う黒ずくめは明らかに不機嫌。
そして、声をかけてきたピンク髪の女の人は、ぎゃははと笑いながら缶ビールと煙草を持っている。
「まさか入部希望者じゃなくて朔のストーカーだったとはね」
「……すみません……」
「いいのいいの。アタシとしてはこの子にストーカーとはいえ友人ができたってことの方が僥倖だから」
「は?」
(朔、っていうんだ。名前)
新情報を入手し、落胆と喜びがないまぜになっているわたし。
一方、朔さんは、ピンク先輩(仮称)をぎろりと睨みつけた。
「友人じゃない。ただのストーカーだ」
「アタシは経済三年の山田よ。朔のストーカーさん、よかったらチケット買わない?」
「おい、話を聞け。この変態」
「チケット?」
会話が入り乱れている。それなのに何故だか聞き取れるのは、朔さんの声が緩衝材となっているのだろうか。
「来週、ライブハウスで初めて演奏するの。イベント……つまりいくつかのバンドでの合同ライブだから、持ち時間は三十分くらいかしら。各バンドにはチケット販売のノルマってのがあって、それをさばかないとフロアはがらがら、財布はすっからかん。ということで一枚二千円」
「……それって、朔さん、が歌うんですか?」
「歌う歌う。ギターボーカル、伊藤朔!」
なんと、苗字まで入手してしまった。
しかも公式に朔さんの歌を聴ける権利を提示されてしまった。
「分かりました。払います」
「待て。そのチケットは誰の分だ」
「アタシに決まってるでしょ」
「今の流れだと俺の分だろうが」
「諦めなさい」
ちっ、と朔さんが舌打ちする。
わたしは千円札二枚と引き換えに、山田先輩から細長い紙チケットを受け取った。
「……おい」
朔さんがわたしへ話しかけた。
「お前、耳栓持ってるか?」
「耳栓?」
首を傾げて否定で答えると、朔さんは引き出しから小さな銀の筒を取り出してわたしに差し出してきた。
「ライブハウスが初めてだと、耳に負担がかかる。この耳栓をして来い」
「み、耳栓なんて、していいの? 失礼にあたるんじゃ」
「耳栓したって音は普通に聞こえる。何なら今試してみろ」
きゅっ、と筒を開けると、白い耳栓が入っていた。
恐る恐る両耳にはめてみる。
「聞こえるだろ」
「ほんとだ」
朔さんの声の透明さはまったく変わらなかった。
「ずっとつきまとわれても鬱陶しいだけだ。聴くなら、正々堂々、聴きに来い」
仏頂面だけど、朔さんはギターの音色と同じで、どうやら優しいらしい。
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