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◆
地下鉄の駅をすぐ出たところに、目的のライブハウスはあった。というか、こんなところにライブハウスがあるなんて知らなかった。
扉の前にはブラックボード。
イベント名と、バンド名が縦に並んでいる。読めない。
「お目当ては?」
受付カウンターで声をかけられる。
前日に山田先輩から教わったとおりに答える。どうやらこれが売り上げの配分に関わってくるらしい。
「デ、デリュージュ、です」
「ドリンク代六百円ね」
「は、はい」
おもちゃの真っ赤なコインを受け取る。
内扉を開けると、薄暗い空間が広がっていた。
前言撤回は間に合うだろうか。嘘。ここまで来たからには聴くのだ。朔さんの歌を。
真っ赤なコインをドリンクカウンターへ出して、ミネラルウォーターと引き換えた。水に六百円。恐ろしい世界だ。
フロア、というらしい客席は、カラオケルームより若干広いくらいだ。
お客さんは、わたしを含めて十人。
そしてお情け程度の柵を挟んでステージはびっくりするほど小さい。
定員四名でぎゅうぎゅう詰めになりそうだ。というかドラムがぎちぎちだ。
BGMはどこかで聞いたことのあるような洋楽だった。
(今のうちに)
借りた耳栓を取り出して耳にはめたとき。
「アヴェルスのベースがいるらしいじゃん」
アヴェルス。
不意に聞こえてきた単語に、わたしは反射的に意識を向けた。
「そうそう。あのピンク髪の」
「じゃあアヴェルスの曲もやるのかな。本当、ショックだっ×▽△」
「今でも受け入れられないも×○◇」
(待って)
急に言葉が分からなくなる。
そこを知りたいのに。
孤独に、放り出され――
「♪~」
――ステージに、朔さんが飛び出してきた。
まばらな拍手に迎えられて山田先輩とドラマーも登場する。
「デリュージュです。よろしく」
ギターは稲妻、歌声は雨!
弾き語りとは真逆の土砂降りに、わたしは釘付けになっていた。
やがて歌声が鍵のかたちに変わる。
わたしの奥深くへ届けられて、……
がちゃ。
(そうだ。わたしは、ずっと)
(探していた)
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