六月の歌姫は雨に誓う

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 雨の勢いは、激しさを増すばかりだ。  サギリが踏み出す一歩を払いかねない強さで落下する雨粒は、歴然と拒否を示している。一歩、また一歩……ただでさえ険しい山道で転倒しないよう、すぐ先だけを見つめて歩き続ける。 (いま、何時かな……)  家を出たのが深夜二時過ぎ。いくら、ここが町から遠く離れた山間の村とはいえ、十歳の少女が出歩く時間ではない。ましてや、大荒れの天候である。  サギリの進行には、村の命運がかかっていた。  雨が降り続けて、今日で三十九日目となる。  農作物の生育に大打撃を被ったのはもちろん、河川の氾濫も度重なり、人命に影響を及ぼしかねない危機が迫っていた。やまない雨に支配された村人たちの疲弊や恐怖は破裂寸前にまで膨らみ、いらぬ人災まで引き起こしかねない。 「(たた)りだ。雨の神が怒っているんだよ。百年前にも似たことがあったな」  避難所に身を寄せる年寄りたちが、そんなことを口走ったのがキッカケだった。もっとも、彼等でさえ、当時の記憶は持ち合わせていない。 「雨の神様に歌を捧げるんだ。山の頂に、古い教会があるだろう。いまはもう誰も寄りつかない、あそこさ。あそこで歌うんだ。百年前もそうだった」  村一番の長老・サバエの言葉は眉唾物ではあるが、村役場の職員は藁にもすがる思いで歴史書を紐解いた。と、ちょうど百年前の六月にも、村が記録的な雨に見舞われた史実と、一人の少女が人柱となり、奇跡をもたらした旨が記されていた。 「いや、人柱って、そんな時代錯誤な真似は……」 「私の曾孫なら、大儀を成し遂げるさ。うちの先祖は、代々、巫女として神に歌を捧げてきたんだからね」  皺だらけの顔をほころばせたサバエは、椅子に座ったまま自慢の曾孫を手招きした。面食らう村長らの前で、百十歳を迎える老婆と、愛らしい少女はひしと抱き合った。 「大丈夫よ、ひいおばあちゃん。私にしかできない務めなんでしょう? それに、私……はやく、会いたい!」
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