六月の歌姫は雨に誓う

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 サギリが雨空の下へと身を投じて、早や一時間が経過する。 「きゃあ!」  足を滑らせて、危うく尻もちをつくところであった。ぬらりと表面を光らせる石が、ぬかるんだ山道が、悪意を孕んだかのように行く手を阻む。父が着せてくれたのは、彼が飛行士だった頃に使用していた、パラシュートと同素材の雨合羽だ。猛反対したものの、最後には娘に屈して泣く泣く見送ってくれた父の想いが詰まっている。合羽のフードづたいに雨が滴り、頬を、髪を、濡らしていく。 「いま、行く。――待ってて」  サギリの声を打ち消しそうな雨に負けじと虚空を見据える。あと、もう少し。ようやく、目的地が視界に入ってきた。教会までの道には、歴代の村人の手で夜光貝の細工が埋めこまれており、夜でもかろうじて案内の役割を果たした。ひとりで儀式に臨むサギリが進む道を、淡く儚い、だが、消えることのない光が雨で霞む夜道を点々と照らしている。 「はやく、会いたい」  サギリの口から漏れ出た声に、悲壮感はまるでない。むしろ、使命感に燃える勇者、あるいは、鋭い棘だらけの茨をかき分けて進む無謀な王子に近かった。  汚れも気にせず豪快に泥水を跳ね上げて、サギリは目的地である教会へと辿り着いた。  開けた場所に佇む小さな教会は、夜と雨に霞んでしまいそうにひっそりとサギリを出迎えた。 「おじゃま、します」  はめこまれた木戸を押し開くと、ギイィと時が動き出す鈍い音がした。一歩を踏み出した音が闇に深い余韻を残し、思わず身を竦める。ひんやりとした空気すら音を立てそうな静寂に包まれるが、しばらくすると建物に打ちつける雨音が耳に、心身に訴えかけてきた。サギリの所在を追及するように、ひたひたと、執念深く。 「つめたい」  びしょ濡れの合羽を床に落とし、ついでに雨水を含んで重たくなったブーツも脱ぎ捨てた。足裏に伝わる石の冷たさに震えたが、キッと前を見据える。細い首をもたげてぐるりと中を見回したが、暗くて全貌がつかめない。かろうじて捉えることができるのは、丸い天蓋と存外に広い空間だけだった。
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