六月の歌姫は雨に誓う

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(雨……?)  無数の水滴が空中で静止している。炭酸水の泡のようにキラキラと輝く光の(つぶて)は、何十日も村を苦しめた元凶とは思えぬ無垢な美しさだ。  歌を中断した口は大きく開いたまま驚きを呑みこみ、奇跡を瞳に焼きつけようと、脳が必死に回転している。 (うそ……!!)  宙を浮遊し始めた雨粒はゆっくりと一ヶ所に集まり、大きな水の塊を形成していく。瞬きを忘れたサギリの頭上でうねうねと蠢くそれは、やがて人の形となり、頭から爪先まできちんと色味を宿して完成を迎えた。 「ああぁッ!!!!」  自分ではない人物の絶叫と鈍い落下音により、奇跡の瞬間は訪れた。落下の衝撃で舞い上がった風がサギリの長い髪を舞い上げ、新たな雨粒が宙に弾け飛ぶ。透明な粒たちはぶつかり合い、結合や分離を繰り返しながら光を放っていた。 「痛い!! ……ちくしょう、この――」  仰向けで落ちた人物は、すぐさま身を起こして、地に四つ這いとなり呻いている。なんてこと――目の前で起きた出来事に、サギリは反応できなかった。  呆気に取られるサギリを、少年は這いつくばった状態で思いきり睨みつけてきた。 「なんなんだ、お前は!! お前の歌声を聴いているうちに、どんどん力が弱まっていったぞ! 悪魔の申し子か? よくも――」 「雨の神さま! お会いできて光栄です!!!!」  神の御言葉を遮り、サギリはがぶり寄った。ぎょっとする少年の手を取ると、それはきちんと形を持っており、冷え切ってはいたが、人間のものと同じ感触であることに感動した。灰青色の外套を纏い、白シャツに紺鼠の膝丈ズボン、黒の編み上げブーツという恰好は、小洒落た同級生といった体だ。  雨から誕生したにも関わらず、彼の体や服、くりんと跳ねたくせっ毛の黒髪は、少しも濡れてはいない。 「やだ、私ったら、はしたない! いつも、こんなんだから、母に怒られるんです。学校でも、男の子たちに混じって遊んでいるので……お裁縫やお料理はなんですけど、でも、あの、これから頑張ります!」 「……………………」
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