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包みから取り出したのは、ベリーのパウンドケーキである。チョコレート生地で焼き上げたケーキのほのかな苦味と、ベリーの甘酸っぱさがクセになる、曾祖母の得意料理だった。最近は、台所に立つのも大変なのだが、今夜のためにと奮闘してくれた。手伝うサギリの手元を見つめ、「雨の神さまの好物なんだよ」と、目元を細めていた。
すん、と、鼻を鳴らして腰かけた雨の神は、同年代の少年にしか見えない。サギリに手渡されたケーキをじっと見つめる横顔はあどけなく、つい微笑んでしまう。
「…………美味しい」
「そう? よかった!」
一口を噛んで閉眼した彼は、遠い過去に思いを馳せているようだった。長い睫を震わせて、蘇る記憶はどんなものなのだろう? じっと見守るサギリは、外の雨音が小さくなっていることに気がついた。
「僕は……前にもこれを食べたことがある。思い出せないくらい昔……でも、たしかに記憶にある。懐かしい……優しくて、幸せで……温かな思い出のはずなのに。時が経って振り返るのは、どうしてこんなに切ないんだろう」
虚空を見つめる青い瞳は、ずいぶんと遠くに心を飛ばしている。邪魔にならないようにそっと隣に腰を下ろすと、魔法瓶の付属のカップに中身を注いだ。こぽこぽと温もりを持つ音は、過去の傷をも癒してくれると信じて彼に差し出す。
「どうぞ。体が温まりますよ」
シナモンやジンジャーを合わせたホットチョコレートは、後味がピリリと引き締まり、少しだけ大人の仲間入り気分を味わえる飲み物だ。だが、曾祖母は、今夜の分には普段と異なるスパイスを調合していた。ふわりと鼻をかすめた匂いですぐに正体に気づいたが、はたして雨の神さまに気に入ってもらえるだろうか?
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