六月の歌姫は雨に誓う

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 放心状態でベンチに座りこんでいた時間はどのくらいだっただろう。  寒さを覚えたサギリはぶるっと身震いし、重だるい体で立ち上がった。高い位置に設けられた窓から燦々と白い光が注いでいるのに気がつき、一瞬で疲労が吹き飛んだ。体当たりするように木戸を押し開けて外に飛び出すと、たちまちに生温い風が吹きつける。 「晴れてる……! うわ……うわぁ!!」  流雲が駆ける空には青い切れ間がのぞき、待ちわびた太陽との再会に喜びを爆発させた。同時に、消え去った少年の面影が蘇り、鼻の奥がつんと痛くなる。きつく瞳を閉じ、歌いすぎて枯れた声を振り絞った。 「ありがとう……ありがとう、マダキ!」  湿ったブーツで飛び上がると、雨水をたっぷりと含んだ地面から泥が跳ねた。 「サギリ!!」  太陽の恵みに感動しているうちに、山の下から複数の人の気配が近づいてきた。頂から見下ろすと、父を筆頭に村の男たちが登ってくるのが見えた。 「よくやった! ひとりでこんな……無事でよかった」  父と硬い抱擁を交わしていると、汗をふきふき村長が労いの言葉を掛けてきた。「素晴らしい娘さんだ! これはもう名誉村民の称号を……」 「称号なんて、いらない。それより、この廃教会をなんとかしてあげて。雨の神さまが寂しくならないように、きちんと祀ってあげてほしいの」 「わ、わかった。もちろんだ。私も同じことを考えていたよ」  引きつった笑みを浮かべた村長は、肩で息をしながらも深く頷いた。吹き下ろす風は夏の気配を帯び、揺れる梢も生命力の強さを表すように緑色を濃くしている。  晴天を祝う大人たちの歓声を聞きながら、サギリは昨夜の出来事については、ただ一人にだけ報告しようと決めていた。 (マダキ……)  消えゆく寸前の少年の顔が脳裏に浮かび上がる。風雨に掻き消されながら、薄れていった儚い笑顔を思い出すと、胸が絞めつけられた。 (でも、あの子……)  彼は、サギリに誰かを重ね見ていた。  首をもたげると、かたく瞳を閉じた。徐々に強まる初夏の陽射しを瞼に浴びながら、天に感謝と祈りを捧げる。  マダキに蘇った記憶が、温かく幸福なものでありますように、と。
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