謎が謎でなくなっていく

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「課長、大阪に行ったんだって」 出社すると、すでにデスクにいた平林さんがびっくりしただろう、という感じで教えてくれる。 知っていますよ、得意気に心の中で呟きながら、 「そうなんですか? 」 ちょっと驚いてみせた。 「ほら、大手雑貨屋の『グルニエ』さんに卸してる業者の本社が大阪にあるじゃん、そこに行くらしいよ」 それは知らなかった。 大阪に行くとしか、課長から聞かされていなかったから。 ちぇっ、と思ってしょんぼりする。 基本、家ではほとんど仕事の話はしない課長。嫌なのかな? と思って、僕もしない。 その大手雑貨屋『グルニエ』は、首都圏、地方都市に多く店舗を展開している。 あまりファンシーグッズは置かないショップで、ライバル会社のキューティストの商品だって並んでいない。 『グルニエ』がメインで取引している卸業者の本社が大阪にある。 もし、そこに卸すことができて、さらに『グルニエ』に卸してもらえるなら、それは間違いなくうちの会社、ピュアファクトリーにとって大きな発展になることは明確だった。 でも、今までも会社は交渉をしてきていただろう、そう簡単ではないことは皆んなにも分かっている。 そんな大きなことを、課長は一人でやろうとしているんだと、あの大きな紙袋を両手に持って、無事に飛行機に乗れたのだろうかと、そんなことが心配になる。 「行ってきます」 「え? もう? 青坂くん、張り切ってるね」 僕だってボケボケしていられない。 少しでも納品数を増やして、課長を助けなくちゃ。 「課長の、力にならないと」 そう言うと、「だよな」と言いながら平林さんも出かける準備を始めた。 そして、その様子を見ていた周りの人たちもバタバタと立ち上がる。 皆んな、課長を助けたいと思ってくれている。 ── 責任は全部俺が取る 今までの皆んなだったら、 ── そう言ってんだから、それでいいんじゃない? って、他人事にしていたと思う。 どうなったって、例え、春金堂との取引が切られようが、利益が出ない卸値になろうが、会社が大きな痛手を負ったところで実際自分たちの給料は変わらないから。 なのに皆んながこんなに動いてくれるのは、きっと課長のためだと思えた。 ありがとうございますっ! って、頭を下げたいところだけれど、そんなことをしたら、 ── なんで青坂くんが? って、混乱を招いてしまうだろう。 御礼を言うのを、グッと堪えた。 「あら、青坂さん」 プチカリーナさんへ顔を出す。 「こんにちは、お世話になっております」 「こんにちはー」 にっこりと笑って応えてくれたのは、以前に他社の棚替えを一緒にしたスタッフさん。 課長に注意されてしまったっけ。 「あの、来月発売の新商品『ふわふわぽわりん』の棚って、どこを予定していますか? 」 プチカリーナさんは、卸業も兼ねているショップ。いきなり、納品数を増やして欲しいと話すのもどうだろうかと思うし、ショップのスタッフさんに話しても困らせてしまうだけだよな、でも、とりあえずお願いだけでもしてみようかな、などと悩みながら差し障りのない会話から入った。 「棚ね、ここを予定しています」 「あ、そうですかっ!ありがとうございますっ」 「………… 」 「どうしました? 」 黙ってしまった僕に、スタッフさんが不思議そうな顔をして覗き込む。 「あっ、あのっ、あの…… 『ふわぽわ』、うち、すごく力を入れていてっ、それにっ、すごく自信があるんですっ!あ、今までの商品も全部自信がありますけどっ!」 「う、うん…… いいですよね『ふわぽわ』、私、好きですよ」 妙に力が入ってしまっている僕に、スタッフさんが少し引いてしまっている。 だめだ、落ち着け。 「だからっ、いっぱい売れると思うんですっ!」 こんな営業あるかな? って、自己嫌悪に陥りそうだったけど、頑張った。 目をぱちぱちとさせて、意気込みすぎている僕を見ているスタッフさん。 「あのっ!納品数を増やしたりとか、できたりしないですかねっ!? 」 …… なんの捻りもないし、セールストークにもなってない。 ずしん、と落ち込む。 「…… どうしたの? もっと数字上げてこいとか言われたの? 」 笑みを浮かべながらも、心配そうに訊いてきたスタッフさんに、何も返せずに黙ったままになってしまう。 「…… あ、いえ…… すみません…… 」 「ちょっと待ってて」 そう言ってスタッフさんが一旦裏へ行き、戻ってきたその手には名刺のようなものを持っていた。 「ここに行ってみるといいわ」 僕にくれた名刺を指さし、「話しをしておくから」と微笑む。 名刺を見ると、プチカリーナの専務さんの名刺で、それは大層驚いた僕。 「えっ!? これ…… 」 「ふふ、専務ね、私の叔父なの。あ、ちょっと待って今日時間あるか訊いてみるわ」 嘘だ、こんな幸運。 名刺を手にしたまま、呆然とする。 「青坂さんは怒られてしまったかもしれないけど、私はとっても嬉しかったのよ、棚替えを手伝ってもらって」 涙が出そうになって、目がうるうるとしてしまう。 「…… 今日の午後四時なら少し時間があるって言ってるわ、話を聞いてもらえるようにお願いしたから、頑張ってみて」 「ありがとうございますっっ!」 それはもう、膝におでこがつきそうなくらいに頭を下げた。 『プチさんの専務さんとお話しできる機会をいただきました!頑張ってきます!』 あまりの嬉しさに、あとさき考えず課長へメールを送ってしまった。 うまくいくか分からないし、課長は今大阪で、きっと大変なはずだと思い、慌ててメッセージを削除しようとしたとき、 『さすが俺の渚冬だ。頑張ってきなさい。でも、もしうまくいかなくてもそこまで持っていけたのは大したものだ、自信を持つんだぞ』 すぐに返信がきて驚く。 商談がうまくいかなかった時のフォローもくれたし、なにより…… ── 俺の渚冬 俺の? 課長の僕? なぜだか、とくとくとくと胸が弾みだす。 よぉしっ!頑張るぞ! 一人街中で、ガッツポーズに鼻穴を膨らませ意気込んだ。 ── 俺の渚冬 「はいっ!」 あ、いけない…… 声に出してしまったよ。
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