もう謎じゃない

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もう謎じゃない

とくとくとくと、吟哉さんの鼓動が僕の耳に伝わって、なんとも言えない安心感に包まれた。 僕はこんなに心が昂っているのに、少しも乱れていない吟哉さんの心音が、不思議と穏やかにしてくれる。 優しく僕を抱きしめる吟哉さん。先日に抱きしめられた時とは全然違って感じる。 ぎゅっと、ぎゅーっと、抱きつきたい衝動を堪えて、僕は吟哉さんの腰に腕を回し、胸の中で大人しくしていた。 吟哉さんの匂い…… すごく落ち着く香りに、顔をますます埋めてしまう。 「渚冬」 呼ばれて顔を少し上げると、すぐそばに吟哉さんの鼻先と唇。 「吟哉さん…… 」 「渚冬」 「吟哉さん」 軽く唇が触れたまま、互いの名を呼び合う吟哉さんと僕。 このまま、早く唇を奪ってほしいと願うけれど、微かに触れる程度に、撫でるように唇を這わせる吟哉さん。 焦ったい。 吟哉さんの腰に回した腕が、思わずぎゅっと強く抱きしめてしまう。 一旦、顔を僕から離すと優しく微笑む。愛しいものを見つめるような吟哉さんの瞳に、僕は胸が熱くなった。 「ぎ、吟哉、さ…… ん」 もう僕をめちゃくちゃにしてっ、なんて思ってしまうほどに吟哉さんがかっこいい。 「お腹、空いてないか? 」 僕の頬を撫でながら、そんなことを訊く。 空いてるけど、今、僕の胸はそれどころじゃない。 「空いてないです」 って言わないと、吟哉さんは食事の支度を始めてしまうかもしれない。 今のこの状況を一ミリも崩したくない。 「そう、じゃ…… 」 そう言って、ジャケットを脱ぎ、ソファーの背もたれにかけると、僕をひょいっとお姫様抱っこをした。 「えっ!? あのっ」 咄嗟に吟哉さんの首に手を回し、落ちないようにと体勢を保った。 「ハニー、俺の寝室へ行こう」 ハニー!? ハニー、ハニー…… ドックンと、その言葉だけで身体が跳ね上がる。 そして、ムズムズと動き始めた下半身、というか股間。 「あ、あの…… 」 「ん? 悪いな、下ろしてくれと言われても無理だ」 ああ、強引な感じが会社での課長みたいだ。課長と吟哉さん、二人に愛されてるみたいで二倍嬉しい…… とか喜びを噛みしめている場合じゃない。 僕、これから…… そう思って、また吟哉さんの首にしっかりと抱きついた。 あ、待って、でも、シャワー浴びたいかも。 今日はすごく汗を掻いてしまった。プチさんの専務さんと話した時なんか、汗びっしょりでひどかった。 今だって、汗の臭いがしているかもしれない、嫌だ。 「吟哉さん…… あの、僕…… 」 「ん? 」 「シャ、シャワー浴びたいです」 「だーめ」 えっ!? だめだと言われるとは思わなかった、意表を突かれてびっくり。 「え? でも…… あの、汗がすごくて…… 吟哉さんはシャワー浴びたんですか? 」 「内緒」 ってことは、吟哉さんは浴びたんじゃないの? 自分はいいかもだけど、僕は嫌だよ。こんな、汗まみれの体。 「どうせ汗だくになるし」 「そ、そういう問題じゃ、ない、です」 汗だく、になるのか。 経験がないから分からないな。違う汗が出てきた。 ああでも、僕がシャワーを浴びている間に、手持ち無沙汰の吟哉さんが食事とか作り始めちゃって、気が変わってしまったら嫌だな…… 僕の心はすっかり準備ができている。 これをまた最初からは、ドキドキしすぎて、今度はうまい流れになってくれなくて、また今度な、みたいになってしまうかもしれない。 やだ。 なんて、瞬時にあれこれと考えが巡っている間に、吟哉さんの寝室のドアが開いた。 お洒落な部屋の大きなベッドに、静かに寝かされる僕。 ドクドクと鼓動が強く激しい。 ゆっくりと僕に覆い被さってくる吟哉さんが、唇を寄せてくる。 キス。 唇を軽く強く、押し付けたり離したりしながら、ちゅっちゅと音をさせる。 少し開いたままになっている僕の上下の歯の間を、ねじ込むようにして吟哉さんの舌が、入りこんできた。 ぬるっとした感触に瞬間、身体がびくりとしてしまったのが恥ずかしい。 初めてだから、キス。 今年二十五歳になるっていうのに、キスのひとつも経験がなくて、今のこの状況に頭がぼーっとしてしまう。 よく分からないけど、絡めてくる吟哉さんの舌に、僕も応えるように絡めてみた。 ああ、吟哉さん…… 。 クチュクチュクチュと水音が部屋に響いている。 「ふぁぁぅ…… 」 息継ぎを忘れていて、一瞬唇が離れた時に思わず息を吸い込んで吐いた時に、そんな声を出してしまった。 恥ずかしいっ。 「…… 可愛すぎるぞ」 上から見下ろし、少し怒ったように言われる。 「そんなに可愛いと、心配で俺のそばから離せなくなるだろう」 大丈夫です、そんなふうに思ってくれてるのは吟哉さんだけですから、と声にしたくてもうまく声が出せない。瞳で訴える。 でも、訴えた瞳は潤んでしまっていて、小さくぱくぱくと動いた口が吟哉さんを唆ってしまったようだった。 「たまらないな、覚悟はしてるのか? 」 ぐいっと僕の太腿に押し付けてきた吟哉さんの股間、鉄の棒でも入っているのかと思えるほどに硬くて、信じられないような大きさを感じた。 その硬さと大きさに、また、ドクンッと胸が、股間が打つ。 「か、覚悟? 」 そんなに大層なことなのか、そうだよな、きっと大変なことになる。 だって僕の股間は今まで生きてきた、というか勃起した中で、一番すごいことになっているから。 痛い。 それに太腿に当たっている吟哉さんの鉄の棒が…… ああ、考えただけでひくひくする股間。 すーっと吟哉さんの手が動き、完勃ちしている僕のモノをスラックスの上から優しく握ってゆっくりと上下させた。 「あっ!ああぁぁっ!」 思わず仰け反ってしまい、咄嗟に吟哉さんのその手を掴んで動きを止めた。 ふふっと笑うと、僕のモノから手を離し今度は頬をゆっくりと撫で始めてまたキスをする。 ん、んんん…… 吟哉さんは我慢ができるの? 僕はもう、限界にきているのだけれど。
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