二人の新たな生活の始まり

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初夜、といっていいのかな? 初めての交わりはすでに済んでいたけれど。 最後の方は、ほとんど意識がなかったような僕。 「さぁ、ちゃんと布団を掛けないとな」 って、吟哉さんの声が聞こえたような…… そして意識が遠くなっていった気がする。 でも、不思議と朝は早く目覚めた。 「渚冬、おはよう」 「おはよう…… ございます…… 吟哉さん…… 」 そのまま朝まで、吟哉さんの寝室のベッドにいた。 大きなベッド、二人で寝ていても全然狭くない。でも、上背がある吟哉さんの足は、はみ出しそうな感じ。 目が覚めて、一番始めに見るのが吟哉さんの端正な顔って、すごい目の保養だなと思って幸せ…… あ、目の保養になることが幸せってわけじゃない、もちろん。 そして、なんだかんだと忙しなかったけれど、充実した休日を過ごしたような気がする。 スポーツウェアだって予想通り、それはカッコいいものを見立ててくれた。 すっかり衣装負けをしていた僕だけど。 まるでトレーナーのように僕のそばで吟哉さんは手取り足取り教えてくれていて、中には本当のトレーナーだと思って、トレーニングの仕方を聞きにきている人だっていたくらいだ。 「私は彼の専属トレーナーなので」 なんて、きらっきらの顔で断っていた。 「じゃあ、私の専属トレーナーも兼ねてくれないか? 金ならいくらでも出す」 お金持ちそうな中年男性が、吟哉さんにそんなことを言っているのを、胸まわりの筋肉を鍛えるというグリップを前後に動かしながら横目で見ていた。 「私はお金なんて興味ありませんので」 爽やかな笑顔で男性に断りを入れていた吟哉さん。受けるわけないのは分かっていたけどホッとした。 というか、トレーナーじゃないし、吟哉さん。 そして僕は、おかげで体中が筋肉痛。 週明けから僕は、吟哉さんの車で一緒に会社へ行くようになる。 高級車で通勤なんて至極生意気。 でも、吟哉さんが一緒に行こうときかない。 ── そろそろ一緒に会社へ行かないか? そう言ったのはつい先日。 その時僕は、電車で行くと、吟哉さんの誘いを断った。 僕たちが、二人で暮らしているのが周りに分かってしまっても全く気にしなそうな吟哉さんで、その時は “部下だから” って言っていた。 「部下だからと言って、どうして僕が吟哉さん…… 課長と暮らしているのかと、周りはやはり首を傾げます」 「どうして? 」 「どうしてって…… 」 本当になにも気にしていないのか、軽く僕を睨めつけながら朝食のコーヒーカップを口にして、ひどく怪訝な顔で訊いてきた。 「僕だって、もし吟哉さんが同僚の誰かと一緒に暮らしていたら、どうして? って思いますよ」 「俺が渚冬以外誰かと一緒に暮らすはずがないだろうっ」 「た、たとえばの話ですよっ」 全くもう、会話が噛み合わないよ、仕事の時と大違いなんだから。 「たとえ話しにしたって、そんな到底あり得ない話をするもんじゃないっ」 ぷんすかぷんすか怒っている。 でも、怒っている内容を考えたらそれは嬉しいこと、思わず頬が綻んだ僕。 「なんだ、にやって笑ったりして」 「あ、いえ…… 幸せだなぁって思って」 「…… そ、そうか、俺も、俺もすごく幸せだっ!」 ぷんすかはどこかへ吹っ飛び、途端に満面の笑みで少し頬を赤らめている吟哉さん。 本当に、幸せだなぁって思った。 「では、会社の近くで、僕を車から降ろしてください」 「なんでだ? 一緒に出勤すればいいだろう」 そんなの、絶対にまともには受け取ってもらえない、というか、事実そういう関係なのだけれど。 男同士だし、課長が変なふうに言われてしまうのは絶対に嫌だった。僕たちは僕たち、穏便に過ごしていた方が幸せな毎日が続くと思えた。 「なんていうか…… 秘密の関係って、ワクワクしたりしません? 」 「秘密の関係? 」 「はい。会社の人たちは僕たちの関係を誰も知らないって、すごく胸が躍る感じ、しません? 」 いい案がふっと浮かんだんだ。 僕たちの関係がバレなければ、吟哉さんに不都合は生じないだろう。 我ながらいいぞ、って思って、それで笑顔になったのが丁度よく悪戯っぽい笑顔になったみたいだった。 「いたずらっ子みたいな笑いしてー、渚冬はすごいお茶目だなっ」 僕の提案が気に入ったような吟哉さんが、すぐに笑顔になっていた。 怒ったり笑ったりと忙しい吟哉さん。 吟哉さんの方が、とんでもなくお茶目ですよ。
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