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 大勢の観客が拍手するなか、一度おりた幕が、再び上がった。  舞台には、中世ヨーロッパの衣装を身にまとった役者たちが、横一列に並んでいる。  役者たちが、観客に向かってお辞儀(じぎ)した。  彼らが頭を上げたところへ、舞台の袖から、二人の男女が小走りに登場した。怪人の仮面をつけた男優と、オペラ歌手役の女優だ。ふたりは今夜の舞台の主役だった。  拍手の音がいっそう大きくなった。  ふたりの主役を列の真ん中において、役者たちが、二度、三度とお辞儀する。  大きな拍手のなか、幕が再びおりていった。  天井の照明がともり、劇場内が明るくなった。ようやく拍手がやみ、代わって、観客たちのため息とざわめきが聞こえてくる。  観劇の熱気が残るなか、まわりの人々が、パラパラと席を立ちはじめた。 「とても素敵な舞台だったわね、あなた」  と、となりの席から、妻のリサが話しかけてきた。白いパンツスーツ姿で、悠然(ゆうぜん)と腰をおろしている。 「ああ、なかなかのものだったね」  と、私は答える。妻に配慮して、いかにも感心したようなふりをした。  オペラ座の怪人。  このミュージカルは、何年も前に、ブロードウェイで観たことがある。歌も演技もすばらしくて、感動したものだ。  今回、旅の途中で、東洋のこの小さな国に滞在することになった。たまたま、この演目が上演されることを知り、チケットを入手した。正直言って、大して期待はしていなかった。  実際に今夜、こうして観てみると、やはりというか、東洋人が西洋人を演ずる違和感を、私は強く抱いた。役者たちは熱演していたが、違和感は最後まで消えなかった。だから、全体としての評価は、まあこんなものかな、といった程度だった。  もちろん、そうした負の評価を声にだしたりはしない。妻のリサが喜んでくれたら、私は満足なのだ。  そして、彼女は十分に楽しんでくれたらしい。  リサは歌が好きだ。独身時代は、歌手になることを夢見ていた。リサにひとめ()れした私は、彼女の夢を断念させ、強引に妻にめとったのだ。  結婚してからずいぶんと年月がすぎたが、リサの夢を()み取ったという事実は、いまも私の胸の奥で、傷となって残っている。
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