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「…………ぅ」  ファミレスを出てからしばらく。未だに御調はパフェの食べ過ぎによる体調不良と格闘していた。  生まれて初めてあれだけ大量の生クリームを初めとした糖分を摂取して、身体が拒絶反応を起こしている。甘いものが嫌いというわけではなく、ただあまり食べないというだけだったのだが、これを機に嫌いになってしまいそうだった。 「大丈夫?」  隣を歩く和花が心配してくる。  その表情には笑顔も交じっており、同じだけの量の糖分を摂取したにも関わらず全然余裕そうだ。和花も甘党というわけではないはずだが、男女で根本的ななにかが違うのかもしれない。 「……大丈夫。…………ヨユー……」  和花を少しでも元気づけるためにと誘ったのに、最終的に自分が体調不良で心配されていたら意味がない。だがどうしても口の中から甘さが消えない。その甘さを感じるたびに胃の中で大量の糖分たちが自己主張を強めて、なにかが競り上がってきそうになるのだ。 「……ぅ」 「嘘ばっかり。……今日はもう帰って休んだ方がいいよ?」  心配していた相手に逆に心配されるなんて、なんともかっこ悪く情けない話だ。だからもう少し、なにか挽回できるチャンスが欲しいところではあった。 「……あ」  そんなことを思って辺りを見渡すと、ショッピングモールのオープンスペースに普段はないクリスマスツリーが見えた。  まだ日が高いためイルミネーションは点灯していないが、数人の買い物客が足を止めて見上げている。 「どうしたの?」  御調の視線を追って和花もツリーへと目をやる。  クリスマスにクリスマスツリーは定番だ。これでイルミネーションが輝いていれば誘うきっかけになるのだが、光っていないツリーはただの木である。 「あ、クリスマスツリー? そういえば毎年あるよね」 「そうだなー」 「……少し見ていく?」  さすがに誘う口実にはならないだろう、なんて諦めていたが、和花のほうからそんな提案があって、御調は二つ返事で了承した。  和花の言うように、この時期、ショッピングモールにクリスマスツリーのイルミネーションが設置されるのは毎年のことだ。夜に光っているツリーを見たことは何度かある。しかしツリーに光らない電飾がただ巻き付けられている状態をあえて見るのは、あまりない経験だ。  ツリーの前に立って見上げるも、なんだか想像以上に味気なくて物悲しい。御調たち以外にも数人ツリーを見上げていたが、すぐにその場から離れて行ってしまう。もう数時間もすれば光りだすだろうが、さすがにそれだけのために和花をこの寒空の下で待たせておくわけにはいかない。 (これは日を改めて挽回のチャンスを作るしか……)  なんてことを考えて隣へ視線を移し、少し驚いた。  見上げていてもキレイでも楽しくもないただの大きな木を、和花はじっと見上げ続けていた。  その横顔からは当然、楽しさなんて感情は伝わってこない。和花はツリーを見上げてなにを思っているのだろう。悲しさか、寂しさか、辛さか、虚無感か。心の内を推し量ることはできないが、そんな感情なのではないかと思えてしまう。 (これじゃあ、本当に意味がねぇ……)  せめてもっと遅い時間に、見てくれだけでもキレイに輝く時間に来ればよかった。  冬の強い風がツリーの枝と、和花の髪を揺らす。なんだかこれ以上、ここにいてはいけない気がした。 「……古賀」 「……ん?」 「もうちょっと時間あるか? 寒いし、少し中入らないか?」  ショッピングモールの中でなら、ツリーをただ見上げているよりは楽しめるだろう。このまま帰ることは簡単だ。でもせっかくのクリスマス。マイナスな感情は少しでも取り除きたかった。 「でも飯塚くん、体調は?」 「治った」  和花にそう言われるまで気分の悪さなんて忘れていた。もう胃の中も口の中も、甘いとは感じない。  また、風が吹いた。  その風に和花は身を震わせて、 「そうだね、行こうか。あ~、寒いね……」  吹き続ける風に背中を押されるようにして、二人はショッピングモールの中へと入る。  このショッピングモールは、食品から衣料、雑貨に生体など、様々なテナントが出店している街一番の施設だ。普段の買い物はもちろん、ただ時間を潰したいときや、友人、家族、恋人と遊びに来ても楽しめる。  逆を言えば都会ではないこの街では、この施設を除けば遊びに行けるような場所があまりなく、クリスマスということも相まって家族連れから若者たちでモールの中は溢れかえっていた。  階を登れば映画館やカラオケ、ボーリングなどの施設も入っているが、この時期と時間ではどこも一杯で入れはしないだろう。御調と和花の二人は特にそういった施設に向かうことなくモールの中をお喋りしながら歩いた。  話している内容はとても他愛のないものだ。これまでのこと、これから先の行事や勉強を含めた高校生活のこと。内輪でしかわからない話で二人は盛り上がる。しかしその話の中に真宙や桜良の名前はでない。少なくとも御調はあえて二人の名前を出さないようにしていた。  御調は和花を元気づけるために誘ったのだ。和花が悲しい顔をするとわかっていてわざわざ真宙たちの名前を出す気にはなれない。  今は少しでも和花が悲しいことを忘れられたらいいと、そう思いながら歩いていると、モール内のテナントの一つが目についた。  その理由は単純で、 「さあっ、今日はクリスマスだよー! みなさん愛しい人へクリスマスプレゼントは買ったかなー? そこのお父さん! そこのお兄さん! 奥さんや恋人にお花のプレゼントはいかがでしょう!」  テナントの中にはたくさんの花が咲いている。そしてその前で、まるで魚屋のように活気のある声で客引きをしている女性のスタッフに、御調はもちろん通り過ぎる人たちは注意をひかれていた。  面白い人がいる。  今までここを通りかかったことは何度もあった。声を張り上げるスタッフの顔にもどこか見覚えがある。しかしその女性がこんな風に客引きをしているのを見たことは一度もない。  なにやらヤケクソ感強めなその客引きに、声をかけられた人たちは若干、引きつった顔をして去っていく。 「……なんか凄い人いるね」  そして当然、そのスタッフの姿は和花の目にも映っている。笑いながらの問いかけに御調は頷く。  ――と。 「おっと、そこを行く恋人さん! 彼氏さんは彼女さんにプレゼントを買ったかな? いや、例え買ってあったとしてもプレゼントなんていくらあっても大丈夫! いや、むしろ嬉しい! ということで、お花はどうでしょう? よくわからなかったら彼女さんに合わせてこちらでコーディネートもできますよ!」  獲物を捕らえた肉食動物のような目と御調の目が合った。  そして百獣の王、もとい、花屋のスタッフは御調と和花の前に進路を塞ぐようにして立ちはだかりながら言った。 「あ、私たちは恋人とかではなので」 「そ、そうそう……」 「おっと、それは失礼しました。でもクリスマスにこうして二人で出歩いているということはまんざらでもないのではー? どうですか、お兄さん、ちょっと花束でも贈って好感度爆上げしてみてはー?」  ニヤニヤしながら詰め寄ってくるスタッフの圧に、さすがの御調も一歩引いた。 「いや、だからそういう関係じゃ……」 「これからのためですよー? お兄さん?」 (だから違うって言ってんのに……)  多少強引な客引きではあるが、なんだか憎めないのはこの女性のキャラなのかもしれない。 「――あはは。面白そうだからちょっと見ていこうよ、飯塚くん」  以外にもこのノリがツボにはまったらしい和花の提案で、二人はスタッフに連行される形で店内へと入っていく。  外からではわからなかったが、店内に入ると濃厚な花の匂いが鼻をついた。普段から花の匂いに慣れ親しんでいない御調は、頭の奥が少しだけ痛くなるのを感じる。それに引き換え、隣を歩く和花は全然平気そうで、そういう部分が男女の違いなのかもしれないと、そんなことを思う。 「……」  和花とスタッフは花を見ながら笑顔を浮かべて話をしている。しかしまったく花に詳しくなく、興味もさほどない御調は彼女らの数歩後ろをついて歩くだけだった。 (全然わからん……)  たまたま近くにあった花に目をやるが、見たこともなければ聞いたこともない花で、見ていて楽しいかと問われれば間違いなく楽しくはない。だがしかし、それでも和花は笑顔を浮かべているため、自分が楽しくなくても和花が楽しそうなら満足だ。  それから店内を一周し入口に戻ってくる。すると先程は気づかなかったが、店頭に透明なガラス容器に入れられた一輪の花が目に入った。  足を止めて見てみると、容器の中にはなにやら透明な液体が入っており、その液体に花が漬け込まれているようだった。 「おっ、お兄さん、お目が高い!」  その様子に目敏く気付いたスタッフが和花から離れて御調と横に立つ。 「こちらはハーバリウムです。キレイでしょう?」 「ハーバリウム……」  名前は聞いたことがある。そして名前を聞けば「ああ、確かこんな感じのものだった」と記憶の底から蘇ってきた。 「最近では生花だけではなく、こういったものをプレゼントするのも人気ですよ? どうですか、彼女さんに!」 「だから彼女じゃないですって」  ここまでくると絶対にわざとやっているだろうと思う。  そんな二人のやりとりを聞いて、和花も輪の中に加わった。そしてハーバリウムを見ると、 「わぁ、キレイだね……」 「ほらっ、彼女さんもこう言ってますよ!?」  スタッフの目が漫画のように輝いたのがわかった。その言葉に和花も「友達です」と関係を否定するが、なんとかして商品を買わせたいらしく、スタッフは和花にハーバリウムをゴリ押しする。本当に商魂逞しい。  和花も「しまった」と思ったのか、多少、顔を引き攣らせながらスタッフの言葉にうんうんと頷いていた。  商売熱心なのは良いことだが、これ以上は和花も可哀そうだ。御調は辺りを見渡し、 「……花屋って生花だけのイメージだったけど、そうじゃないんだな」  と、わかりやすいくらいの声で問いかける。 「例えば、あの黒いドライフラワーとか」  スタッフの意識を和花から逸らすために、反対方向の壁に掛けられていた黒い花のドライフラワーを指す。 「ああ、あれは秋桜ですよ」 「秋桜?」 「正確には、チョコレートコスモスという花です。時期は終わっているのですが、売れ残った商品を捨ててしまうのはもったいないし可哀そうなので、うちではああやってドライフラワーにしたり、ハーバリウムにして商品化しているんです。そうすることで少しでも長くお花を楽しむことができるんです」  言うと、スタッフは先程まで見ていたハーバリウムを陳列している棚から、同じチョコレートコスモスのハーバリウムを手に取って見せてくれた。  チョコレートコスモス。秋桜自体は良く知る花だが、チョコレートコスモスなんて種類があるのは初めて知った。 秋桜は、確か桜良の好きな花だったように記憶している。だが街中で咲いているのは、見れば彼女を思い起こすようなもっと明るい色の花で、こんな黒い秋桜があるのは不思議な感覚だった。 そして秋桜を見て桜良のことを思い出すのは、御調だけでなく和花も同じだ。 ついさっきまでの笑顔が和花の表情から抜け落ちる。そして桜良から連想して真宙のことも思い出したのだろう、その横顔はどこか悲しそうに見えた。 その和花の態度の豹変ぶりをスタッフも瞬時に察したらしく、しかし当然、その原因がまるでわからないために困惑したように言葉を濁していた。 (しまったな……)  思いの外、桜良や真宙を連想する事柄は多いらしい。だがそれは当然だ。御調も、和花も、桜良も真宙も、みんなこの街で生まれて育ち、中学時代からずっと一緒の時間を過ごしてきたのだ。  相手の好きなものも、嫌いなものも、得意なことも苦手なことも、だいたいのことは把握している。ちょっとした風景や出来事がきっと誰かの思い出や面影に結び付く。  逃げるつもりはなかった。でも今、はっきりとわかった。  逃げられない。  どんなことがあっても、御調も和花も逃げることは出来ない。 そして、当然……――。  そんな彼らがクリスマスを心の底から楽しむためには、まだまだ時間がかかりそうだった。
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