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「……あんたなに締まりのない顔してるの? 気持ち悪い」 「……兄ちゃん、きっしょ」  自宅のリビングで昼食を食べ終わった直後、御調は母親と弟から同時にそんなことを言われた。  そんな家族に向けるような、いや、家族だからこそ向けても大丈夫なような目を、御調は真っ直ぐに見つめ返して「うるせー」と告げる。 「だって、ねぇ? 昨日帰ってきてからなんかニヤニヤしてるし。なんか良いことでもあったの? 彼女もいないくせに」 「童貞のくせに」 「おい、二人とも。さすがに言って良いことと悪いことがあんぞ」  睨むように言って、御調は食べ終わった食器をキッチンへと運ぶ。それをシンクに置くと、その足で自分の部屋へと戻った。  締まりのない顔。ニヤニヤしている。  そんな顔をしている自覚はない。しかし家族がわざわざ言うのだ、自分でも気づかない無意識のうちにそんな顔をしていたのかもしれない。  そしてそんな顔をしていた理由には、当然のように心当たりがある。それは昨日のクリスマスになにをしていたかを考えれば明白だ。  今までもクリスマスに一緒に出掛けたことはあった。しかしそれは真宙と桜良も含めて四人で遊びに行っただけに過ぎない。そして真宙と桜良が付き合いだしてからは、二人に遠慮して御調と和花も二人のことを誘わなくなったし、四人揃わないのなら、と二人も出かけることはなかった。  だから初めてだったのだ、和花と二人でクリスマスを過ごしたのは。  もちろんなにかを計画していたわけじゃない。偶然出会って、突発的に一緒に過ごしたに過ぎないし、なんなら目的は楽しむためではなく和花を元気づけることだった。  実際にそれで和花がどう感じたかはわからない。だが御調は(多少、不謹慎かもしれないとは思いつつも)楽しかった。  もしも叶うのなら、来年はちゃんと計画を立てて一緒にクリスマスを過ごしたい。そんなことをすでに考え始めるくらいには、御調にとって昨日のクリスマスは大きなイベントだったのだ。 (…………いや待て。別に来年まで待つ必要はないんじゃ)  今までは難しく考えすぎていた。だがこれは、ただ友人を誘って遊びに行くというだけの、友達同士なら極々普通の出来事だ。なにを躊躇い、恐れる必要がある。  それも御調と和花は中学から一緒で気心の知れた仲だ。まったく話したことがない女子を誘うよりもハードルはかなり低いし自然だ。 「……となると、次は……初詣か?」  机の上にある小さな卓上カレンダーに目を向けながら考える。  直近で自然に誘えるイベントは年末から年始にかけての年越し。初詣だ。 「よしっ」  と、スマホを手に取りメッセージアプリを開く。このままの勢いで誘ってしまおうと、そう思ったのだ。 「……」  しかしいざメッセージを送ろうと文面を考えるとなにも思い浮かばない。  ただ一言「一緒に初詣に行かないか」と送るだけだ。なのにそれだけじゃいけない気がして、唐突すぎる気がして、もしかして誘ったら迷惑なんじゃ……などと思考がグルグルと悪い方へと回っていき、中々メッセージを送ることが出来ない。 「……ビビりか、俺は……っ」  まさか自分が友達を誘うための文面にここまで悩んで怖気づくとは思わなかった。  知りたくもなかった自分の意外な一面に、御調はスマホを枕元に投げ出してベッドに横になった。 (もっと簡単に出来ると思ってたんだけどな……)  なんてことを思い気落ちしていたとき、放り投げたスマホがメッセージの着信を知らせた。手探りでスマホを探し当て、画面を見て御調は目を見開いた。 「――古賀」  今まさにメッセージを送ろうとしていた相手から逆にメッセージが送られてきたのだ。  びっくりしてスマホを顔面に落としそうになりつつも、御調は和花からのメッセージを開く。 『飯塚くん、今日って時間ある?』  たったそれだけのメッセージに、御調は即座に返信する。答えはもちろん「時間なんていくらでもある」だ。 『良かった。ならこれから会えないかな。それと――』 「――…………」  それと、に続く文面を見て、御調の心は落ち着きを取り戻してく。高まっていた熱が冷めていくのを感じながら、「了解」と和花に返信を送り、そして今度はもう一人の相手にメッセージを飛ばした。
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