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普通に残業してただけじゃん。
久しぶりの同期会で飲むぞーって楽しみにしてたのに行けなくなって、でもミスしたのは自分だからしょうがない、頑張って終わらせるぞって気合い入れてたらあっという間に課長と二人きりになって、仕事に集中してる課長はかっこ良すぎて気持ち悪いな~なんて思って、でもなぜだか目が離せなくて、そしたら急に課長が立ち上がって、おれの方に歩いてきたと思ったら――
「んぐっ!?」
唇の輪郭をなぞるように動いていた舌が、いきなり中に入ってきた。
ぬるぬるぬめぬめ動きながら、頬の裏側とか、歯ぐきの裏側とかを丁寧になぞっていく。
時々舌をいじめるように弾かれて、鼻の奥がジンジンしてきた。
どうしよう。
気持ちいい。
固そうに見えたのに、課長の唇は柔らかくてあったかい。
それに、口の中を舌になでなでされてるみたいで嬉し――って、甘!
あんま!
いつも澄ました顔してコーヒー飲んでるくせに、ブラックじゃないのかよ!?
よりによって砂糖もクリームもマシマシが好きなんて、ギャップ萌えが過ぎる――
「って、考えてただろ」
「あへ……?」
頭の奥の方でぼんやりと響いていた声が、急にクリアになった。
それまで視界に入ってなかった薄くて固そうな唇が、パクパクと動いている。
「当たり?」
「へ……? あ、はい……確かに、ギャップ萌え……」
って、あれ?
「あへえええぇぇ!?」
思わずザザッと後ずさって、でもすぐに椅子に阻まれてしまった。
尻もちをつく寸前ギリギリで堪えると、ふくらはぎがピクピクする。
課長はおれを見下ろしたまま、真っ赤な舌先で自分の唇をちろりと舐めた。
「もしかして、ファースト・キスだったか?」
「は!? ち、違ッ……」
「ふーん?」
噴き出すように笑うと、課長はおれに背を向けた。
皺くちゃになった白いワイシャツが視界いっぱいに広がる。
なんで?
行くなよ。
だって――
「続きは……?」
課長の背中が、四角くなった。素早く振り返った顔には、驚愕の表情がべったりと張りついている。
いや、ちょっと待て。
おれ今、なんて言った……!?
な、何やってんだよ、おれ!
自分から続きを強請るなんて、はしたない!
そもそも続きって何だ、続きって!
何を期待してんだよ!
くっそ~!
これも全部、課長のせいだ!
あのエロいキスのせいで、おれの単純なアソコはもうギンギンのガッチガチにおっきして――
「ませんからッ!」
「ふーん?」
「ていうか、さっきから変なアテレコすんのやめてください!」
「ごめんごめん」
課長はまたかっこ良く笑って、しれっと自席に戻った。
カタカタとキーボードを叩く音が聞こえ始め、ようやくおれも身体を起こす。
そして、何事もなかったかのよう――
「っ」
――だと思ったのは一瞬で、いつもとは色も形も違う課長の目が、射るようにおれを見ていた。
「な、なんですか」
「今夜は帰れると思うなよ」
「なん、ですか……それ」
いや、ほんとに何だよ、それ。
帰れないって……そんなことを、こんな状況で、そんな顔で言われたら――
「やだ……ぁん♡ そんなこと言われたら、期待しちゃうぅ……♡」
できたてのキャラメルのように蕩けていた思考が、低いエロボイスに奪われた。
「課長っていかにも百戦錬磨っぽいしぃ♡ キスだけでもあんだけメロメロにされちゃうってことはぁ♡」
「……」
「おれ、どんな風になっちゃうんだろぉ♡ あ……だめぇ♡ もう我慢できな――」
「だからそのアテレコやめろッ!」
fin
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