11人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
一分ほどしてダイソーに着くと、おばあさんは「助かったわあ。ありがとう」と僕にお辞儀をしてから、白い看板の向こう側へゆっくりと歩いていった。雑貨で埋め尽くされた大きな棚が、おばあさんの小柄な身体を覆い隠す。
見知らぬ老婆と交わした短い会話の分だけ、かすかに体温が上がっていた。そして、そんな自分が馬鹿らしく思えてくる。
赤の他人の頼みごとなんて無視していれば。「知らねーよババア」とか言って突っぱねていれば。もっともっと、自分のことを嫌いになれるだろうに。この命に対する執着を捨てられるだろうに。
善人ぶった後で万引きに戻るのも気が進まず、適当に食事でもとって帰ろうかと考えたその時。
「ちょっといい?」
後ろから、聞き覚えのない声。とんとん、と肩に手の感触。
今日はよく声をかけられる日だなと思いながら振り返ると、そこにいたのは恰幅の良い中年男性。
もっと具体的に言えば、さっきの革製品屋の店員だった。
「え、僕ですか?」
「うん、君」
十中八九人違いだろうと思いながら訊ねたのだけれども、彼は間髪入れずに頷いた。
「え、な、なんでしょう……」
自分の声が上ずっているのがわかる。
この人は、わざわざここまで僕を追いかけてきたのか? 何の目的があって?
まさか、万引きを目論んでいたことを見抜かれたのだろうか。
心臓が早鐘を打つのを感じながら男性の目を見返していると、彼は、そのごつごつとした手のひらを僕の左肩に乗せたまま。
まるで昔からの知り合いを食事に誘うような、軽やかな声音でこう言った。
「君、うちで働こっか」
最初のコメントを投稿しよう!