二十六口目 マスターキー⁉

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二十六口目 マスターキー⁉

「ぅん……、ん?」  目を開けると、そこには多彩な景色が広がっていた。  赤、青、黄色、緑や紫に彩られた不思議な世界。こう言っちゃあなんだが、なんともやかましい配色である。  特にこれといった建築物はなく、所々に見えるカラフルな山々に関しては、直線的なシルエットと言うよりもという表現がしっくりくる。  なんか既視感があるんだよなぁ……うーん、何だっけ? 「ちょっと、何ぼけっとしてんのよ」  声に誘導されて後ろを振り返ってみると、ストレッチをするルミナがいた。 「……なあ、どうして扉の中に入っちゃうんだよ」 「あんたバカぁ? あそこを通らなかったら、どうやってこっちの世界に来るのよ」  ルミナは、(ぼう)汎用人型決戦兵器を操縦する紅蓮のパイロットの如き罵声を浴びせてきた。 「それに、手伝うって言ったのはあんたでしょ?」 「……まあそうだけど」 「なら良いじゃない。どうせ早いか遅いかの違いに過ぎないんだから」  極めて正論だ。先延ばしにしたところで、この職業体験を棄権することはできない。 「はぁ……やるだけやってみるか」 「そうよ。このあたしが手伝ってあげるんだから、しっかりしなさい」 「手伝ってくれるのか?」 「竜具の効果はあんたしか使えないけど、本来は零化士であるあたしの仕事だもの。それくらい当然でしょ?」  ルミナは、蜜柑色の髪をふぁさっと掻きあげた。  ただの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な女の子だと思っていたが――俺の中で少しだけ印象が変わった。きっと心根(こころね)は純粋でいい()なのだろう。 「……なによ」 「いや別に。何でもねえよ」  少しは仲良くなれるのかもしれないなんて、そんなことを思った。本人には絶対言わないけどな。 「……あ、気になったんだけどさ、ここにいるのは俺達だけなのか? 結構な数の学生が扉を通ったはずだけど」  周囲を見回してみるが、誰の気配もない。 「ここにいないってことは、この依頼を受注したのがあたし達だけってことかしら。ま、今回の作業は授業でも扱う初級的な内容だし、プライベートでわざわざ受注する生徒の方が(まれ)なのよ」  そういえばエクレさんも似たようなことを言っていたな。初めてだから授業でやったことのある簡単な依頼で良いから、と。  俺にとっては所謂(いわゆる)チュートリアルのような時間になるだろう。 「ふうん。ちなみにどうやって行き先を振り分けているんだ? 皆んな同じように扉を通過しただけのように見えたけど……」 「依頼を受けた時点で学生証に記憶されるのよ。達成目標や報酬内容なんかも一緒にね。で、この学生証が通行証にもなるってわけ」  そう言って、ルミナは自分の学生証を見せてくれた。  白いICカードのようなそれはごく一般的な学生証に見えるが、きっと俺の想像より遥かに高性能な代物なのであろう。 「……って、ちょっと待て。学生証が通行証の役割を担うってことは、その学生証を持たない俺はどうしてこの世界に来ることができたんだ?」 「……」  返答はない。 「……もしかして何も考えていなかったとか?」 「そ、そんなわけないじゃない! ……あ、あれよ、学生証を持ってるあたしがあんたのことを掴んでたから!」 「……本当に?」  ルミナの瞳を見つめるが、すぐにその視線を逸らされてしまった。ギルティ。 「もしも次元の狭間で迷子にでもなったらどうすんだ」 「……う、五月蠅いわね。この学生証は学院内の施設の鍵を開けたり、ショッピングの支払いもできちゃう優れ物なの。だから、鶏と一緒に別の世界へ行くことだって余裕なのよっ!」  流石に無責任過ぎやしませんかね。 「あんたも自分の学生証を持ってたりしないの?」 「何言ってんだ。俺は学院の生徒でもないし、そもそも君に召喚されてからずっと一緒にいただろ?」  受け取る暇も(すべ)もないのだから、所持しているわけがない。 「自分で言うのもなんだが、人語を操る大福餅みたいな鶏なんて怪しい未確認生物に、わざわざ特別な許可証をプレゼントする人間がいると思うか?」  そんな物好きな奴なんて、いるはずが―― 「「……あ」」  俺とルミナの頭に浮かんだ全く同じシルエット。  喋る鶏を受け入れ、友達になり、さらには零化士の仕事を体験させようとする奇異な人間を、俺達は一人だけ知っていた。 「……エクレさん、か」 「ええ。あの人ならやりかねないわね」  学院長を務めるあの人ならば、他人に学生証を与える権限を持っているだろう。しかし、残念ながら学生証を受け取った記憶はない。 「いやまあ、エクレさんから貰った物もあるにはあるけど……」  俺は、小さく折り畳まれた一枚のリーフレットを羽根の隙間から取り出した。逃げたり転んだり踏んづけられたりした所為(せい)か、端のところが千切れてしまっている。 「でも、こんな地図を持っていたところで、あそこを通過できるとは思えないが……ん?」  お姉さんから貰ったリーフレットが、ぴっちりと(のり)付けされた二枚の紙から作られていることに気付く。  それはまるで袋()じのように紙と紙との間に僅かな空間ができている。  俺はもしやと思い、千切れた箇所に翼を突っ込んで開いてみることに。 「「こ、これは……!」」  中から出てきたのは、ルミナの学生証に酷似した一枚のカードだった。しかし彼女のものと違い黒色のカードである。 「ちょ、ちょっと見せて!」 「お、おう……」  カードをリーフレットから取り出し、慌てた様子のルミナに手渡す。  ルミナは受け取ったカードを調べるように見ると―― 「あんた……これ、マスターキーじゃない!」 「マスターキー?」 「そうよ。あたし達学生が持っているカードには、施設の鍵を開け閉めできる機能が備わっているって言ったけれど、ものによっては解錠できない場所もあるの」  立ち入り禁止区域など、特定の人物しか入ることの許されていない場所がそれである。 「おかしいと思ったのよ。普通はに入ることはできないもの……」 「あそこってどこだ?」 「もう、察しが悪いわね。あんたが言ったんでしょ、あの〈モンスターファーム〉に入ったって」  学院に到着したばかりの俺が逃げ込んだ、あの不思議な小屋の事である。  学生は勿論、教職員のほとんどが進入を許されておらず、マスターキーを持つ一部の人間のみが出入りすることができる場所なのだそうだ。 「えーっと……つまりあの時、小屋の扉のロックが解除されたのは、俺がこのカードを持っていたからなのか?」 「その可能が高いでしょうね。どうしてマスターキーの機能が付いたカードをプレゼントしたのかは知らないけど」  そう言って、ICカードを返してくれるルミナ。  確かにそうだ。こんな貴重なものを会ったばかりの俺なんかに渡す理由が見つからない。  だが、零化士の学院に行くことになったのも、職業体験をすることになったのも、全てはエクレさんの発言が発端(ほったん)である。何か裏があるのではないかと自ずと(うたぐ)ってしまう。 「あとで確認してみるか……」  あの人のことだから何も考えていないのかも知れないが。 「ま、本人に直接聞いちゃった方が早いわね。一応理由が分かったら教えなさい」  と、腕や脚をぐうっと伸ばしながらルミナ。 「でも、とりあえず今だけは……んっ、忘れた方が良いかも」 「どういうことだ?」 「んっ……、だって――」  ストレッチを止め、ルミナは空を見上げて言った。 「上手く()けないと――死んじゃうから」 「……は?」  釣られて空を見上げた瞬間、大量のブロックが雨のように降ってきた。
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