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揚げたてのプロローグ!? 序章Ⅰ
薄暗く、じめじめと湿気が漂う石壁造りの建造物。
ここ――魔王城〈ヴェクロメーデス〉の城壁は魔法の力で守られており、厳かな雰囲気を醸し出しているそれは、まるで生き物のようでもあった。
城内は蠟燭の明かりがゆらゆらと幽霊のように揺らめき、廊下や部屋の隅には苔が生い茂り、時々謎めいた音が響く。
魔王の僕が行き交う中で、魔王の玉座付近で言葉を交わす影が二つ――。
「おい! なんでこの宝箱に〈ヒノキノ剣〉が入ってるんだよ!」
「し、知らないわよ! 誰かが間違って入れたんじゃないの?」
「誰かって……このエリアの担当は俺とお前、しかも装備系の担当はお前だろうが!」
「うっ……」
的確に責任を追及されて顔を強張らせる蜜柑色のミディアムヘアーの少女。
その反応をもう一人は見逃さない。
「それに、ここに〈ヒノキノ剣〉があるって事は、最初の村の宝箱に〈終焉ノ剣〉が入ってるって事だろ! ゲームバランスもクソもあったもんじゃねえよ!」
「う、うるさいわね! 同じ棒状の刃物だったから、ちょっと、たまたま、うっかり間違えちゃっただけじゃない。そ、そもそも、チェックリストを持ってるあんたの確認不足でしょ!」
「他責にすんじゃねえ!」
「それに、あんたの便利な能力使えば済む話じゃない!」
「んだよそれっ!」
「なによっ!」
「なんだよ!」
お互いに一歩も譲らぬ醜い争いが続く。
薄暗い城内に、虚しく叫び声が響くのであった――。
「あぁぁぁもう! こんな転生懲り懲りだあぁぁぁぁぁぁぁああ!」
◇◆◇
「ぅう……寒っ!」
十二月二十四日。愛し合う二人がその想いを確かめ合う特別な日。
そう――今日はクリスマス・イヴだ。
最寄りの駅前には巨大なクリスマスツリーが立てられており、七色に輝くイルミネーションが華を添えている。
誰の命でそうしているのか知らないが、たかが一イベントのために膨大な資金や人員を投じるというのだから、まったくご苦労なことである。
とはいえ、それでも確かに一定の集客効果はあるようで、光に引き寄せられる虫の如く、ツリーの周りには腕を組んだ男女の姿がちらほら眼についた。
「ほら見てごらん、街中が僕達を祝福しているよ」
「きゃあ! ヒデさんったらロマンチシストぉ!」
「……あれれ、何だかおかしいな? 今日は雪が降るくらい寒いはずなのに、何故か心も体も温かいんだ」
「うふふっ。ねぇヒデさん、貴方の隣を見てみて?」
「……おっと、ごめんごめん。どんな時も私の隣には太陽のような君がいてくれるんだったね。日々愛情という名の懐炉をありがとう、マイハニー」
「もぅ……使い捨てにはしないでね?」
「勿論さっ!」
そう言って熱い抱擁を交わす年齢の離れた男女。
男のやや皺の目立つ左手の薬指にはシンプルな銀の指輪が光っている一方で、現役で勉学に励んでいそうな容貌の女の指にそれらしきものは見られない。
その光景は、第三者である俺からすれば極めて滑稽な様に思えるのだが、いやはや。まったく恐ろしい力を秘めた魔日であることよ。
どれだけ歪んだカタチであっても愛し合う者達が織りなす奇妙な幻想空間は、その場にいるだけで俺のような非リアの感覚までをも悉く狂わせ、鳴り響く定番のクリスマスソングがまるで披露宴の入場曲かのような錯覚に陥らせる。
まあこの場合、彼女達の頭には白いヴェールが掛かっているため、どちらかといえば結婚式のウェディングソングと言った方が適当であるかもしれないが。
「……ほんっと嫌になるわ」
ぽつりと呟き、俺はひとり歩くペースを速くする。
ちなみに相手がいない人間には無縁の話であるが、今年は七年ぶりのホワイトクリスマスなんだそうな。
テレビや雑誌等の各メディアでは連日のように特集が組まれ、まるでそれが全人類の総意であるかのように和気藹々と報道されていた。例年よりも無駄に街中が活気に満ちているのは恐らくそれが原因であろう。
……いい迷惑だよ、ほんと。
だが、ここで少し考えてみてほしい。
この世界の全ては表裏一体、良い事もあれば悪い事もあるものだ。
例えばこの〈七〉という日本では謎に人気の高い数字でさえ国によっては縁起が悪いとされており、この数字に関連する事件や事故は世界的にも結構多いらしい。
そもそもクリスマスなんてものは日本由来の文化ではないし、かの有名なネ◯とパ◯ラッシュの命日でもあるワケで。そのような日に淫らな喘ぎ声を上げるのはいかがなものかと思うのですよ。
ああ、こんな時は某呟き系SNSアプリを確認するに限る。
それこそ『リア充爆発しろ!』とか『クリぼっちで何が悪い!』などの哀れで惨めな同胞の投稿で溢れ返っているに違いない。
『リア充は重罪なり。神の裁きがあらんことを』
――送信、送信っと。
ああよかったよかった、制裁とは無縁の清純な人間に生まることができて。
「……っ」
おっと、目にゴミでも入ったかな。
スマホの画面がやけに歪んで見えた俺は、周囲の人間に気づかれないようにササッと目を擦り、忙しく瞬きをした――その時だ。
ピロリンッ♪
聞き慣れたチープな電子音と共に、一件のメッセージがスマホの画面中央にポップアップした。
「……はいよ」
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