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四口目 白い翼!?
……。
…………。
(………………ん……っ、何が……俺、は……)
暗い。何も見えない。
光を感じる事すらできないが、俺という存在に確かな質量がある事を認識できた。
(……そうか、俺、転生したのか)
意識は良好。
五感は未だ失われているみたいだが、魂の定着には成功したようだ。まずは一安心。
(そうだ、今後の行動をシミュレーションしてみよう!)
五感を取り戻したら、まずは産声を上げようじゃないか。俺の誕生を世界に轟かせるくらい大きいやつだ。
次に目を開いて両親の顔を確認。
美男美女だったら新たなる人生の勝利が約束されるであろう。不安と緊張、そしてそれに負けないくらいの期待が入り混じる、まさに親ガチャの瞬間だ。
(あー……ドキドキする)
いつになく嬉しいような、何かに誘われるような高揚した気分だった。
そして、その瞬間は前触れもなく訪れる。
――つんっ。
(……ん?)
何かが身体に触れた。
遂に来たのだ、新しい生命の門出である。
俺は鼻と思しき部分から大きく空気を吸って、シミュレーション通りに大きな産声を上げる準備を整えた。
つんつんつんつんつんつんつんつんつんつんつんつんつん……ッ!
(なな、な、何事だぁ!?)
予想だにしない某元祖プロゲーマーも顔負けの怒涛の高速連打に出鼻を挫かれてしまった。
(……ていうか、もっと優しく丁寧に扱えよ!)
それが両親のものであると断定できないが、感じたのは明らかに人為的な刺激だった。先が思いやられますね。
それでも俺側に一向に動く気配がない為か、謎の人物は俺の腹部らしき部位を、ほとんど弄ぶようにして突つき続けている。執拗なまでに何度も、何度でも。
詳細は不明であるが、どうやら全身の機能が稼働し始めているのは確かなようで。
現にお尻付近にチクチクとした肌触りの悪い何かが当たっているのをはっきりと感じ取ることができた。
「……ボ……イ」
続けて、俺の耳に聞き馴染みのない声が届いた。
(ぼい? ぼい……って何だ?)
よく分からないので耳があると思しき場所に全神経を集中させてみる。
「ヘ……ボ……イ」
ズコーッ!
音が聞こえるようになった俺の聴覚が受け取った最初の言葉は、まさかの「へぼい」だった。
いくら相手が夢見るチェリー君だからって、礼を失することはあってはならないと思うのですよ。まして初対面の相手ならば尚更のこと。
平然とこのような酷い言葉を口にするのは、一体どこの誰なのか。親の顔でも何でも良いから、真っ先にその面を拝みたいものだ。
俺が強い不快の念と憤りを覚えた――刹那。
「ヘイ、ボーイ!」
「ぬわあっ!?」
不意に耳元で発せられた大声に呼応するように、驚いた俺は盛大なリアクションを取ってしまう。
「……だ、だけど、声が出せるぞおぉぉぉッ、げほ、げほげほッ!」
嬉しさのあまり急に叫んでむせ返ってしまった。
そしてさらに、闇黒な世界に天から一筋の光が落ち、周囲を明るく照らし出す。
「……めめ、目が、目がぁぁぁッ!」
つい某特務機関の大佐のような反応をしてしまった。
すぐ調子に乗りやすい性格であることが、俺の悪い癖だ。
(……いかんいかん)
まずは現状把握が第一である。
気持ちを落ち着かせ、今度は自分の意志でゆっくりと目を開ける。
「ええと、俺は今何処に――」
光を取り戻した瞳に最初に飛び込んできたのは、病室のベッドでも美しい花畑でも山腹を抉る大洞窟でもなかった。
「つば……さ?」
白い翼。
日差しを浴びて眩く輝く真っ白な羽根が、花弁のように風に舞っている。ふかふかとした羽毛に覆われたそれは触ったらとても気持ちよさそうだ。
「ま、まさか……ててて、天使!?」
死後の世界を強く意識していたせいか咄嗟にそんなことを思った。
しかしよく見ると、目の前に現れた生物は翼に限らず全身が純白の羽毛で覆われており、その身躯には〈腕〉と呼べる部位が存在していない。
加えて、所謂〈天使の輪〉の代わりに真紅の冠を被り、鋭く尖った黄色い嘴を怪しく光らせていた。
無論、そもそも天使なんてものは空想上の存在であり、その姿形は千差万別、無数にある。だが目の前に現れた白翼の生物はその幾千幾万という天使像とは似ても似つかぬ、どれとも異なる姿をしていた。
まさに正体不明、未知で形作られた異形の者だと言いたいところではあるのだが……それは飽くまで天使だった場合のお話。もしもそうでないとするならば、これらの特徴を全て有した生き物を俺は一つだけ知っていた。
「にわ……とり?」
そう――
皆さんご存知、朝から食卓に並ぶ美味しい卵を提供してくれる、あの鶏である。
だがしかし、ここで注意してほしいのは普通の鶏とは決定的に違う点があるということだ。
「あら、ようやく目が覚めたかしらん?」
「……」
理解不能。目の前のこいつは鶏のくせに俺と全く同じ言語を扱っており、どうやら互いに意思疎通が可能であるらしい。
その時点で既に俺の知っている鶏ではないのだが、奇妙な点はそれだけに留まらない。
「んもぉ、中々起きないから心配しちゃったじゃなぁい♡」
……何だかオネエっぽい。
そんな性別不詳の鶏は何かを確かめるように俺のことをまじまじと見つめている。
「んねぇ、ちょっと大丈夫? まだ寝惚けてるの?」
「ちょっ……近い近い近い、近いって!」
鶏が俺の顔を覗き込んできたので、慌てて顔を背けた。
(……いやちょっと待て。どうして生まれてすぐに鶏に会うんだ?)
そもそもこれが現実である保証は無い。そうか、これは夢か。夢に違いない。
実際は意識が戻っている訳ではなくて、母の胎内に宿ったばかりなのであろう。
「そうだよな、まさか夢じゃない……なんてこと、あるわけない……よな?」
俺は、ゆっくりと眼球を左右に動かしてみる――。
雨風に晒された木製の骨組みと、掛け金のついた狭い扉。
藁を優しく照らす太陽の光。
ブリキの皿から零れ落ちた餌の匂い。
それら全てが妙な現実味を帯びており、考えたくもない結末が脳裏を過ぎる。
(……いやいやいやいや!)
そんな馬鹿な話があるわけない。
「……くそっ」
俺は額に滲んだ汗を拭おうと、しっかりと動かせてしまう右腕を持ち上げた。
バサッ、バサバサッ。
(……ん、何だ?)
聞こえてきたのは、まるで鳥が羽ばたくような音だった。
しかし、目の前の鶏は微動だにしておらず、俺達の他に誰かがいる様子もない。
俺は不思議に思いつつも、まあいいかと再び汗を拭うことにした。
バサッ、バサバサバサッ!
近い。かなり近い。超至近距離で音がする。
それに気のせいでなければ、俺が身体を動かすタイミングで聞こえてくるような……。
「……っ」
俺は、ごくりと唾を呑み込んで、恐る恐る自分の右腕へと目をやった。
「……なっ!?」
ファサッ……。
白い翼。
目の前にいる鶏とそっくりな純白の翼。ふかふかとした羽毛に覆われたそれは、触ったらとても気持ちよさそうである。
そう、それはまるで――
(おおおおお、落ち着け! な、ないから、絶対にあり得ないから、そんなこと!)
心の動揺を抑えることもできないまま、もう一度右腕を確認する。
しかし、
「う、嘘だろ……」
そこにあったのは、本来あるはずがないもの。
より正確に言えば「今後人類種を名乗る上で絶対にあってはならないもの」である。
「……」
顔の前に突き出した翼を何度も握ったり開いたりした。
……うん、驚くほどしっくりくる。
「ぬわあぁぁぁああああああ、まっっっっっっったく意味が分からねえ! 一体全体何がどうなってんだよおぉぉぉおお!」
叫び、俺は震える膝を律して立ち上がった。
「……あれ?」
ふと気付く。
こんなにも足は短かいものなのか?
瞬間的に感じた強烈な違和感。
立ち上がったにもかかわらず何故だか目線の高さがほとんど変わらないのである。
勿論まるっきり変わっていないわけではないが、言っても僅か数センチ程度の変化であると思われた。
身体のバランスが酷く悪くなったような気もするし、これじゃあまるで別の生き物にでもなったみたい――
「……は?」
音を立てそうな勢いで体中から血の気が退いてゆく。
慌てて周囲を見回すと、前日にでも雨が降ったのか、近くに小さな水溜まりが形成されていた。
「……くっ」
俺は飛び込むように駆け寄ると、バクバクと脈打つ心臓を落ち着かせ、覚悟を決めて覗き込んだ。
「なな、な、ななななな、なんじゃこりゃぁぁぁぁああ!?」
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