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「え? 良いのか?」
「うん。社会人になってから吹いてないんでしょ? ここなら夜間でも音出しできるし、楽器を吹くのも、良い息抜きになると思うの」
「なら……お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ。今から親に連絡しておくよ」
「うん」
彼は早速スマホを取り出すと、実家に連絡を入れている。
この日、私は泣いたり笑ったり、表情が忙しない一日となった。
****
半月後。
春樹くんが私の自宅マンションに引っ越ししてきた。
大きめのダンボールが数個、と少ない。
「これだけ?」
あまりにも少ない荷物に、呆気に取られた。
「前住んでいたマンションにも、そんなに物を置かなかったし、家具も古くなってたから処分してきた。今の俺は、ひとまずこの衣装ケースと服、ちょっとした食器があれば十分かな」
言いながら、彼はダンボールを開梱し、真新しい衣装ケースを取り出して服を詰めていく。
そこへ玄関のチャイムが鳴った。
「お! 届いたようだな」
彼は、待ち望んでいたものが届き、表情をキラキラさせながら玄関へと向かった。
数分後、大きなバリトンサックスのケースを両手で抱えながら、リビングに戻ってきた彼。
「わぁ! 久々にこの楽器ケース見た!」
私は懐かしくなって、顔を綻ばせる。
東京へ旅立つ前日に、桜の大樹の下で彼と即席デュオの演奏した事を、不意に思い出した。
「俺も久々に見たけど、バリサクのケースって、こんなに大きかったっけなぁ……?」
春樹くんが苦笑しながら楽器ケースを開く。
煌々と輝くバリトンサックスは、高校時代のままだ。
ストラップを首に掛け、楽器に装着させる。
「吹く前に、一回手入れしないとな」
彼は、楽器の感触を確かめるように、指先で楽器をなぞる。
ストラップから楽器を取り外し、丁寧にケースへ収めた。
「さて、まだ荷解きが終わってないから、さっさと終わらすか!」
「そうだね」
互いに顔を見合わせて、彼の引っ越し作業を進めていった。
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