ナポレオン

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ナポレオン

「はァ……」  ボクは曖昧に応えた。  だが彼女は田舎のオバさんと違って、両腕を広げた。 「なッ!」  豊かな胸元がボクの目の前に急接近だ。 「フフゥン、ノア」  いきなりリオは満面の笑顔を浮かべ歓迎のハグをしてきた。 「うッううゥ……!」欧米か。  香水の匂いだろうか。甘美で蠱惑的な香りがボクの鼻孔へ漂ってきた。 「ううゥ……」  またボクはうめき声を発した。  石動リオと出会うまでハグなんかしたことがない。  しかも身長差があるので背の低いボクの顔が石動リオの柔らかな胸元に押しつけられる感じだ。 「ああァ……、リオさん。ちょっと」  この態勢は多分に問題がある。  一気に胸が(たか)なり頬が熱く火照ったみたいだ。  心臓が早鐘のように胸板を打ち鳴らした。 「おおォ!」  周りの通行人たちもあ然としてリオの手荒い歓迎を見つめていた。  いくぶん嫉妬交じりの視線が突き刺さってくる。 「わ、わかりましたから、リオさん。今日はなんの用なんですか?」  ボクはなんとかリオから離れ本題を訊いた。 「ほらァまた事件のことでレオンに聴いてほしいのよ」  リオは恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。 「え、レオンに……?」  リオが言うレオンというのはナポレオンの事だ。  ボクに連絡してほしいのだろう。 「そうよ。ほらァ、3日前に駅前の路地で妙齢の伯母様が、コンクリート片で殴られてケガをしたって事件があったでしょ」 「ああァ、そういえば。まだあの事件の犯人は捕まってないんですか?」  もうすでに容疑者の足取りは掴めているのかと思った。  犯行は白昼堂々と行われた。  駅前なので当然、防犯カメラも設置されている。  しかも晴天で通行人もそれなりにいたと思われる。  不審な男(女性かもしれない)がいたとすれば目撃情報が寄せられるだろう。  だが今のところ目立った情報はない。  さらに小さな路地なので容疑者は逃げようがないはずだった。
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