とある、彼氏の日常

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「あ、それね。友達の真希ちゃんの事を覚えてる?高校の時の。その子から譲って貰ったの!」  向日葵のような笑顔で話してくる彼女。その笑顔とミルクティー色のストレートヘアーの愛らしいダブルパンチは、胸の奥へジャブされる。  目元にある泣き黒子とチワワのように潤った儚げな垂れ目。色白の肌に赤みがかった頬も追加された彼女の笑顔は、最高以外何も無い。 (譲って貰ったとしても、何でこんな高級なモノを!?)というくらい疑問の湧水の勢いが弱くなっていく。それくらい癒される彼女の笑顔。  そんな思考内の俺に、優香のフルートのような透き通った声色は更に続く。 「それに……。このノートに〈ウソ〉を書くと真実になってお願いが叶うって噂があるの。ソレを真希から教えて貰ってね。真希は充分に叶ったから、私にお裾分けするねってこっそりと譲ってくれたの」  いつの間にか、俺に抱き寄せ耳元でこっそりと伝える優香。耳から感じる彼女の柔らかい吐息が皮膚細胞のひとつ、ひとつの神経達を刺激する。 「それでね……」更に続く、魅惑的な色のある言葉さえも、脳髄の奥深くまで続いている神経細胞に歓喜で満たされる。 「叶えたい〈ウソ〉を書いた後。午前十一時までに、とある教会にある天秤を持ったマリア様の前に置くとお願いが叶うんだって。その教会の場所は……」  今でも、俺の耳元で話す幼馴染兼、彼女。  いつもと違う雰囲気になっていて、俺の脳だけじゃなくて身体全身が蕩けそうで力が抜ける。 「ーーというルールなんだって。優くんも叶えたいコトを〈ウソ〉として書いて幸せになって欲しいな。ちなみに私は、〈私は優くんの奥さんとして生活を送っている〉って書いたよ」  その言葉を最後に、俺の耳たぶにしっとりとした温かいナニカがちろり、と一舐めされる。その質感に、身体に走った甘い電流にビクリと震わせる。 「……待ってるから、ね♡」  ここで優香の舌で愛撫されたと気づき、夢のような時間から正気に戻る。  こんなにも積極的な彼女は初めてで、頭の中が困惑一色に染まる。  世の中に、度肝を抜かれたと言葉はあるが、それはただのコトバかと今まで思っていた俺は、本当に存在するんだなとここで実感する。  そして耳から得ていた彼女の存在が、遠のくのを感じた俺。名残惜しむ気持ちを、グッと堪えつつ俯いていた顔をゆっくりとあげる。  今の俺は、顔が真っ赤だろう……。頬に熱が集中している今、考えが纏まらない。  すると、真っ直ぐと此方を穏やかな微笑みで見つめる彼女がいた。瞳の奥に見える一等星が、此方の心を貫く。  上手く言えないが。いつもの無邪気な幼馴染では、無い。  まるで、ーー俺の知らない……。    そんな中、優香は俺の頰に両手で添えてきた。  突然の行動に驚き、俺の動作が遅れる。  添えられた白魚のようなきめ細かい肌から、仄かに香りが俺の鼻を擽り、意識が無意識に向いてしまう。  一瞬、香った柔らかいナッツの香り。それは、徐々に濃くなっていき俺の嗅覚を犯し始める。  共に優香のトロンとした潤んだ瞳と視界いっぱいに広がる未熟な桜色の唇。そして、ナッツの香りと甘くフルーティーな香りが俺の肺に広がっていく。 (この香りどこかで、ーーーー)  僅かに残っている理性で、フル回転で思い出そうとした刹那。自身の唇にしっとりとした弾力が生まれる。化学反応で進化した、優しい幸福な香り。  嗅覚だけでは無く、脳内にまで侵入してきて  時が、ーー止まった。  正確には、この室内にいる俺達二人。  ここでやっと、優香に口付けされている事に俺は認識をする。  熱を帯びた互いの舌を角度を変えつつ、相手の存在を逃さぬように、酸素不足のまま互いの熱を執拗に欲しあう。  互いの唾液から水の音が生まれ、徐々に大きくなっていく卑猥な音色。そんな状況下に、俺の聴覚が甘くレイプされていく。  残り僅かに残っていた理性が消えた瞬間。やっと思い出した、あのハーバルな香り。 ーークラリセージ。  刹那。彼女から濡れたリップ音が空間に響き、二人の時間が終了を告げる。  そして、瑞々しい桜色の唇が静かに動かす。 「ーーーー、優くん。はやく、ーーて」    そのコトバで、意識が薄れていく。  同時に俺はノートを開き、無意識にボールペンを握っていた。
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