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エイプリル・フールという名の……
◇◇◇
「キャハハハハ!ーーーー不・合・格、ゲット〜〜♪♬」
上戸の自室に飾られている掛時計の針が、十九時を指している。
ただ今、誰も居ない空間内にて。
優香は彼のベッドに腰を下ろし足を組むと、着用しているロングスカートが軽やかに靡く。
余程嬉しいのか。ノートを持ちながら両手を上げ、高らかに大爆笑している姿は、先程の清楚な彼女と同一人物だと思えない程の品の無さだった。
左手に持っている、先程の優斗に見せていた〈equivalent exchange〉と記載された交換日記を開くと、アイボリー色の和紙でできた栞を出てきた。
【上戸 優斗】と、墨汁で執筆された栞が一枚。
「今回の〈エイプリル・フール〉も、成功したわ。コレで次のボーナスも安定ね。今までの分とコイツのを合わせたら、百万年の有給休暇日数くらいかな?ほんっと、この二十年間を我慢した甲斐があったわ〜」
自身の肩をほぐすように回すと、バキバキと音が鳴る。そして胸元から出した煙管に、火種をつけ吸い口を桜色の唇に持っていくと。
ーーふぅ、と静かに煙を吐き出す彼女。
窓から見上げる星空が今日に限って、妙に騒がしく輝いてるようだ、と興味なさげにふと感じた。
視線を外し、ベッドからスッと立ち上がる。そのまま箪笥の上に置いてある写真立てに手に取る。
「そう、二十年。ここの奴らにとっては貴重だけど。私にとっては、〈たったの〉二十年間なんだよね〜。呆気なかったわ……。娯楽としては、まあまあ、ってとこね。まぁ、ぶっちゃけシゴトだけど」
写真に載っている笑顔の自分と上戸 優斗の学生時代の姿。見ていて吐き気が込み上がり無意識に舌打ちをする。
写真立てを空になったベッドへ投げ捨て、彼女の独り言が淡々と更に続く。
「ーーっていうか。そもそも、エイプリル・フールっていう存在も【嘘】なんだから」
「この各国で作られたエイプリル・フールは、私達が作った〈娯楽〉なんだしね。まったく……、その娯楽が【人間選別】になるなんて計算外だったけどさぁ〜〜」
慣れた感じに冷蔵庫を開くと、冷気がひんやりと顔を撫でる。入り口近くに保存されていた酎ハイを手に取り、乱暴に冷蔵庫を閉めた。
酎ハイ缶のプルタブを開けると、ーープシュッ、と軽快音が弾ける。
腰に手を乗せる彼女。缶に口をつけ、ゴクゴクと豪快に飲む。喉越しが良いのか、「プハー!」と美味しそうに飲む姿はシゴト終わりの中年のサラリーマンそのモノだ。
「それにしても。馬鹿よね〜、この世界の人間達って。ノートに嘘を書いたら願いが叶う訳ないのにさ、笑えるぅ〜♪」
「それだけ有給休暇の日数をゲットしたなら、今回のシゴトだけ見逃してやってくれないか?」
突然の声に、楽しそうに独り講演会していた彼女の言葉の灯火は鎮火した。
たった今、一つ増えた声。ーー緊張が走る。
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