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1.今世
エプロンの紐を固く結ぶと、否応なしに緊張感が高まる。胸元を押さえた木住渚は、大きく息を吸った。
渚が店長をつとめるWeekendsoupはスープ専門店である。加えて、店自体はケータリング事業を主体としており、いわゆる接客をすることがほぼ無い。まさに人見知りが働くためにあるような店だった。
とにかく人ごみが生理的に無理な渚は、可能な限りキッチンに引きこもっている。営業先との打合せすら基本ほかの人に任せており、そのうえで現場での作業もスタッフに任せるという、完全引きこもりスタイルを六年貫いていた。
もちろん、こんな我が儘なのが店長だなんて、普通の店なら到底許されないだろう。だが、問題ないとされていのが、Weekendsoupであり、渚の料理のウデであり、顧客から寄せられている味への信頼だと自負していた。
しかし、今日みたいな日もある。
――人前に出る仕事は苦手だ。だから、ケータリング専門店にしたのに。
世の中そう上手くはいかないものだった。
「……はあ」
渚は騒がしい空気の中で、深くためいきをつく。今日のケータリング先はアイドルのコンサート現場だった。
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