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はた、と片付けの手を止める。そういえば彼に渚の名前を教えていないことに気が付いた。何となく会話が成立してはいたが、神庭は一般人の名前を知る由もない。何か言いたげだったのはこのせいだろうか。
教えたのは店名だけ。そんなのじゃまた会えるかどうかなんてわからない。ホームページはあるはずだが、紀平に任せきりでどこまで詳細が記載されているのか知らなかった。
紙ナプキンにボールペンで店の名前を書き、神庭に差し出す。頼りないメモを受け取った神庭は少し戸惑っているように見えた。こちらは至って真剣だ。神庭がスパイだろうとなんだろうと、スープ屋の渚としてとる態度はただ一つだ。
襟を正して神庭と向き合う。
「申し遅れました。木住渚と申します。Weekendsoupのメインシェフで、六年間スープだけずっとやり続けています」
「俺は神庭」
「存じ上げております」
「だろうな」
まっすぐ手が差し出された。ぎこちない動きで握り返すとホッとしたような表情を浮かべられた。
「ああ、ようやく理解した」
「……? どうかしましたか」
「いや、何でもない。気にしないでくれ。渚」
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